TRUTH 【揺れる想い】

TRUTH 【揺れる想い】

【揺れる想い】



普段、冷静な部分しか見せない沢木が、その日は珍しく苛立っていた。

理由は、春に新商品として出したトリートメントの容器が、サイズ違いを起こし、

返品が相次いだからだ。

海外の工場に生産を頼み、コストを下げたが、それが裏目に出る。

本社に集まって会議を開き、至急広告を打ち、回収作業を進めなければならなくなった。


「何やってるんだって、言いたそうですね、森住さん」

「何を突っかかっているんだ。そんなことを言い合っている場合じゃないはずだ。
『トワレ』の窓口は、北条さんだったよな」

「はい……」

「春の打ち合わせが来週あるから、私の方で彼女にアポを取っておこうか。
沢木君は、現地との話し合いがあるだろう」

「結構です。これは私の担当ですから、私の方で話しをつけます」


頭のいい挫折を知らない男は、こういった時に幅がない。

誰をライバル視して、戦おうとしているのかと、言い返したくなったが、

それならばそうしてほしいと、その場を立ち去った。

北条芳香と私が近づくことが嫌なのか、それとも助けてもらうこと自体、

プライドが許さないのかわからないが、恨まれてまで身を乗り出すこともない。


ポケットに入れてあった携帯が揺れ、その相手が越野さんだとわかる。

今度の店は自分が選ぶと言っていたので、その場所を決めたのではないかと、

メールを開いた。しかし、私の考えとは全く違い、

彼女はしばらく食事会が出来そうもないと断りを入れてきた。

夏の始まりとともにスタートした新人のテストも、前期最後の1回を残すのみになり、

今まで1位を逃してはいるものの、合格点を落としたことはなかった。

あさって、10日、誕生日に迎えるテストは、もしかしたら自信がないのだろうか。


私は、『それではまた都合がつくときに』と返信をし、

あまり理由を深く考えずに、携帯を閉じた。





10日のまとめテストでまた2番目の成績をおさめた越野さんだったが、

試験結果が出て1週間が過ぎても、連絡が入ることはなかった。

私も『トワレ』との打ち合わせや、準備などに追われ、

しばらく店舗に顔を出すことも出来なかったが、

久しぶりに早い時間に解放され、車を走らせながら『緑山南店』の前を通る。

今日は定休日のため、厚いカーテンが窓を覆い、店内は見えない。

オレンジ色の夕日をフロントガラス越しに受け、眩しさに少し眉を細めた時、

店の扉が開き有野が姿を見せた。

信号待ちをしながら、どうして有野が店にいたのかと思っていると、

何秒か後に、越野さんが現れる。


肩にカバンをかけ、有野に頭を下げると、駅の階段とは逆の方向に、

二人は並んで歩き出す。目の前の信号が赤から青に変わり、

私は二人の横を通りすぎながら、バックミラーを見た。

有野の楽しそうな笑顔が夕日の色に混ざり、私はどこか不確定な気持ちのまま、

車をまっすぐに走らせた。





部屋へ戻りコーヒーをいれる。

漂う香りに気持ちを落ち着かせようと、息を吸い込んだ。


有野は瀬口より2つ年下の27で、これからさらに伸び、技術者として登っていく男だ。

チーフという立場で従業員をまとめ、何かと忙しい瀬口に代わり、

店の仕切りは彼がやっていると言っても過言ではない。

新人達の指導もしっかりとこなしていたし、任せていても何も問題はないだろう。


有野と越野さんが見せたオレンジ色の笑顔が、私の脳裏をかすめていった。

コーヒーをカップに注ぎ、持ち帰った書類を手に取ると、数字の羅列を確認する。




7年前のあの人に似た新人。




越野柚希とは、私にとってただそれだけの女性だったはずだ。

漂う湯気に視線を向けていると、食事会の断りを入れてきた理由が、

有野にあるのではないかなど、余計なことが頭を巡った。

指で差した数字の場所が動いても、その計算にどこか自信が持てず、

また同じ事を繰り返す。

テーブルに置いた携帯が揺れ、相手を確認すると、菜穂子からのものだった。

時間つぶしの相手にはちょうどいいだろうと、私は書類をデスクに置き家を出る。





「ねぇ、これいいでしょ。先月の誕生日に買ってもらったの。
ティロンの限定なのよ、ニューヨークに彼が行った時、頼んでもらった」


菜穂子の腕には、一流ブランドのブレスレットが光っている。

新事業に力を入れ、どうなることかと思われた山内社長だが、

この羽振りの良さなら、問題はないのだろう。



『誕生日』



それにしても、近頃この言葉が、私の周りで飛び交っている。


「聡のその表情じゃ、まだ7年前の女性は見つかっていないのね」


菜穂子の言葉で、私はまた越野柚希の顔を思いだした。

カウンターの隅に座るカップルが、楽しそうに一つのグラスを取り合っている。


「見つかるわけ……ないだろう」

「そう……それもそうかもね」


そう、見つかるわけがなかったのだ。

私が勝手に越野さんにあの女性を重ね、叶わなかった想いを、

吸い込ませようとしただけだった。

おそらく彼女は年齢も、地位も上にある立場の人間の誘いを断れないまま、

ここまで来てしまったのだろう。

なにげなく過ぎてしまった誕生日は、きっと、本来一番過ごしたい相手と、

楽しい時間を持ったのではないだろうか。




もう……二人で会うのはやめよう。




珍しく口数の少ない菜穂子と、あまり会話のないまま、

その日は2種類のお酒を飲み、別れることになった。





来年の春、行われるイベントに、瀬口の推薦で有野が指名された。

同じように推薦されたメンバー達が『白坂店』に集まり、各技術を競い合う。

瀬口からのメールを受け、私も『白坂店』に顔を出した。

スタイリストになって、チーフ以上の実績を持つ者が集まるだけあって、

新人のテストとは違い、シザーの使い方にも余裕がある。


「森住さん、お忙しいところをすみません」

「いや……どうなんだ」

「有野もいいんですけど、早坂もいいんですよ」


瀬口と同じように私の後輩で、

今は京都の店舗を任されている川澄がこちらに気づき、すぐに頭を下げた。

早坂はその川澄の推薦で、先日、業界誌で取り上げられたほどの人気ぶりなのだ。

動きには無駄がなく、指示も早い。

イベントでは時間の制限があるため、スピードは不可欠だ。


有野は丁寧に仕事をこなし、早坂に対抗する。

その横で道具を揃え雑用をこなしているのは、越野さんだった。


「アシスタントは越野さんなのか」

「あ……はい。有野が指名したみたいなんです」

「そうか……」


真剣な目で有野を見つめ、指示に従っている越野さんは、

こちらに立っている私の視線など、気付くこともないようだった。

30分の実技が終了し、瀬口や川澄達が集まり話しをし始める。


「森住さん、来て下さったんですか?」

「あぁ……瀬口が有野の勝負なのでぜひと言うから」

「いやぁ……」


有野の後ろで道具を片付けていた越野さんが、やっと私に気付き、頭を下げた。

何か言いたげな唇から視線をそらし、私は店の外に出る。

『緑山南店』とは違って、『白坂店』のある場所は、

都会の中でまだ残された田舎の雰囲気が漂う。

駐車場も広く、時々関係ない車を止められることもあるくらいだ。

店と道路の段差を降りた時、電信柱のそばに置いてあったポリバケツの横から、

急にネコが飛び出した。


「コラ!」


私の驚きと同時くらいに、越野さんがネコを追い払った。

ポリバケツの蓋が、ネコに蹴られた勢いで下に落ち、

彼女はそれを拾いしっかりと閉じる。


「森住さん、すみませんでした。せっかくのお誘い……」

「いや、いいんだよ。考えて見たら、無理に君を引っ張っていたような気がして。
逆に申し訳ないことをしていたんじゃないかと、そう思った」

「いえ、そんな……ただ……」

「どうでしたか? 有野のアシスタントを経験してみて」


私はあえて話しをそらした。

越野さんが言いかけた、ただ……の後の言葉を聞く必要はないとそう思った。

もう、終わりにした方がいい、その気持ちはしっかりと伝えなければならない。


「練習までしてきたんですけど、どうなのか……」

「有野が評価をすることだから、私があれこれ言うのは避けるけれど、
立派にこなせていたと思いますよ。彼について行けば、問題はない」


その言葉を受けた越野さんの表情が、なぜか少し曇った気がした。

店内から拍手の音が聞こえ、口笛が響く。

私は結果が出たのだと思い、越野さんの横を通り、扉を開けた。

瀬口や川澄の前で、花束を受けて笑っているのは、早坂だった。

有野は店の隅の方に立ち、悔しそうな顔を見せながらも勝利者に心からの拍手を贈る。

この悔しい経験が有野の実力になり、また芯のある技術者になるのだろうと思い店を出た。

『白坂店』の裏口前に座り込み、以前顔を隠していた黄色いノートを広げ、

最後のテストに向かっている越野さんがいたが、その後ろ姿に声をかけることなく、

私は駅に向かって歩き始めた。





その日の目覚めは、しっかりとアイロンがけをされた白いシーツの上だった。

隣には昨日遅くに福岡から出て来た真知子さんが寝ていて、もう一つ寝返りをうつ。

そばに置いた携帯を開くと、時刻は朝の6時を回るところだった。

今日は午後から本社で打ち合わせがある。

発注の失敗以来、どこか攻撃的な沢木の前に、

ホテルから出社する気持ちにはなれず、体を起こす。


「どうしたの? もう朝?」

「あぁ……。ごめん、先に出るよ。一度家に戻ってからじゃないと、今日はまずいんだ」

「うーん……、了解。また、福岡でね」

「あぁ……」


無防備な背中に指で触れると、代わりに軽い平手で返事を寄こされる。

身支度を整え部屋を出ると、タイミングよくエレベーターの扉が開いた。

そのまま下へ降りていくと、タクシー待ちの場所で、

掃除をしている年配の女性が目に入る。

手慣れた手つきで、植え込みの奥の方まで手を伸ばし、吸い殻を拾った。



『少し前に落ちているタバコの吸い殻が、こっちまで来てって、そう呼ぶんです』



私は、そう言って照れくさそうに笑った越野さんの顔を思いだした。

また、今朝も、彼女は呼んでいる吸い殻を、頑張って拾い集めるのだろうか。


1台のタクシーが近づくのがわかり、私は清掃をしている女性へ背を向け、

地下鉄へ向かう階段を、少し早足でかけ下りた。






【最後の願い】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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ほんと、どこへ行く~森住


   こんにちは!!

 森住。

夕焼けの中の有野さんと越野さんが一緒に居るのを見て
気にかける想いが変化していたのに気づかされたかな?

気をまわして一歩引いた森住だけど、越野さんはなんか違うような・・・

気晴らしに菜穂子とあったけど気が晴れるわけもない。
・・っていうか菜穂子が口数少ないっておかしくない?
なんかあった?やっぱ、旦那の仕事うまくいってないとか、離婚されそうとか?

沢木、森住の助け船を拒否してたけど
どつぼにハマって抜け出せなくなるような・・・
エリート意識の高い彼はプライドも高から墓穴掘ってる?

森住の周りがまた忙しくなってきた!さて、どうなるか!!!

続きをお待ちしています。

   では、また・・・(^.^)/~~~

本当の想い

仕事では何かとライバル意識を燃やす沢木に対してでも冷静に見つめ対処できる森住なのに
越野さんことになるとかなり心が揺れちゃってるね~

いつの間にか自分の中で大切な存在になっていた越野さん
有野と一緒にいる彼女を見て仕事にも何だか身が入らない様子!?
でも私も越野さんの想いは違うような気がするなぁ
それにダンナからの豪華な誕生日祝いを自慢する割には口数の少ない菜穂子って
・・・やっぱり何かあるんじゃないの?
って思ったけど森住は特に気にかけることはなかったのね

>もう終わりにしたほうがいい
越野さんの本心を知ろうとする事もなく
距離を置こうとする森住だけど
真知子さんの元へ逃げても結局思い出すのは越野さん・・・
うう~~ん
どうする森住!気になる続き、又楽しみに待ってます^^v

森住の変化

mamanさん、こんばんは!

>気をまわして一歩引いた森住だけど、
 越野さんはなんか違うような・・・

有野といたところを見たことで、明らかに動揺している森住です。
いつもの冷静さが、どこかに飛んでいる気も(笑)
まぁ、人のことは見られるけれど、
自分のことになるとねぇ。

菜穂子の変化にも気付かないし、
真知子がそばにいても、どこか上の空。
さて、そんな森住君は、どこへ向かうのか、
それは続きで。

プライドの差

yokanさん、こんばんは!

>森住さん、思い込みはいけないね~。

ねぇ、年齢の差が、プライドの差を生むのかもね。
つい、先走ってしまっているのかも。

さて、このことが響くのか、どうなのか……は、
さらに続きます。

揺れてますね

パウワウちゃん、こんばんは!

>仕事では何かとライバル意識を燃やす沢木に対してでも
 冷静に見つめ対処できる森住なのに
 越野さんことになるとかなり心が揺れちゃってるね~

ねぇ、自分のことになると、冷静だけではいられないようです。
おそらく、柚希への思いが心の中に芽生えてきていることに
うすうす気付いているはずなんだけど。

自分の立場、年齢、そんなものが頭をよぎるのかな。
男はプライド高いですからね。

さて、さらに揺れる心は、次回へ続くです。