10 迫る影(1)

10 迫る影(1)


『水曜ドラマ』は順調に視聴率を上げていた。

事務所内には『めざせ、MMB大賞』と田沢さんの手書き文字が張り出されている。

新聞社を系列に持つテレビ局MMBは、毎年『ドラマ大賞』を選んでいて、

男性、女性1名ずつ、その年もっとも輝いた俳優に、賞を渡す。

歌手には『東西歌合戦』という年末の番組があるが、

MMBの『ドラマ大賞』は若手俳優の登竜門ともいえ、ここをうまく通過し、

映画などの出演で、『日本シネマ賞』の演技賞や最優秀賞などをもらった先輩方もいる。


「畑山さんか……」


日向さんのライバルは、やはり畑山宗也だった。

夏のドラマでヒットを出し、現在もCMが効果的に流れている。

完全に主役だった畑山さんに比べ、日向さんはヒロインの相手役というポジションで、

アピール度が弱いのかもしれない。

何しろ一番のハンデは、畑山さんの事務所が、関西で一番の大手というところだ。


「絶対に日向さんの方が、魅力的なのになぁ……」


1台のPCからは2回の投票は出来なくなっている。

新聞の応募券で投票する人もいるが、今、ほとんどがネットからの投票で順位が決まる。

それだけに明日はどうなるのかわからないのが楽しくもあり、

私達スタッフにすれば、不安でもあった。


「お! 史香、おはよう」

「おはようございます」


日向さんのマネージャー、田沢さんが上機嫌に事務所へ顔を出した。

今日の日向さんは午後からの仕事、きっと、この後迎えに行くのだろう。


「どうだ、順位は」

「今は2位です。少しずつ詰めてはいるんですけどね」

「よしよし、そんなのは予定通りだ。明日になればひっくり返るさ」


田沢さんは自信満々にそういうと、冷蔵庫を開け、小さなコーヒー缶を出した。

それを一気に飲み干すと、自分で張り出した『めざせ、MMB大賞』の文字を見る。


「どうしてそう、言えるんですか?」

「明日のスポーツ新聞、朝刊を見ればわかるよ。よし、今日も行くぞ」


私はよくわからないまま、やる気満々の田沢さんを、事務所から送り出した。





そして、次の日。

朝、事務所に到着した私は、PC画面を開き驚いた。

昨日100票近く差があった畑山さんと日向さんは、順位が変わり、

逆に100票以上の差をつけている。

なぜ、こんなことが起こったのだろうかと、慌ててスポーツ新聞を開くと、

そこには大きく日向さんの記事が載っていた。



『女性誌SC、創刊記念号に日向淳平のスタイルブック』



女性誌SC(sweet cute)は、OLに人気のファッション雑誌だが、

それがこのたび創刊20年を迎えることになった。

その中でアパレルメーカー『メビウス』が商品をアピールする

ファッションブックをつけることになり、モデルが日向さんに決まったというのだ。



『琉星、ふたたび』



『メビウス』は、以前、日向さんが演じたホスト、琉星の出たドラマのスポンサーで、

今回は、その琉星を意識したスーツ姿なども含めた冊子になる。

ファンからすれば、もう会えないと思っていた琉星に、会えるとも言える企画。

その記事が今朝の朝刊に載り、一気に票が増えた。





「田沢君がさ、自信があるって言うから、何があるんだろうと思っていたんだけど、
こんな隠しだまとはね、『メビウス』が相当強く箝口令をしいたっていうから。
まぁ、でも淳平がよく承諾したわ」

「驚きました。でも、それだけで急に変わるものなんですね」

「そうよ、とにかく前へ出ていないと、人の心からはみ出るのは早いんだから」


私は、その日の午後、仕事の合間に食事に誘ってくれた米原さんと、話をした。

終わった役は振り返らないと言っていた日向さんも、今回の企画は規模が大きく、

趣旨を理解したというのが、米原さんの見解だ。


「このまま淳平がトップでいけるように、乾杯!」


嬉しそうな米原さんのグラスに私も笑顔で応じ、

カチンという音が、静かな店内に軽く響いた。





それから1週間、田沢さんの作戦はさらに実行された。

琉星の出ていたドラマは再放送され、

ワイドショーでも『ファッションブック』のことが話題に上がる。

しっかりとした作りになるので、雑誌の付録として購入できるのは、

買い得だとレポーターが付け加えた。

事務所にもこの話が本当なのかと、ファンからの問い合わせが入り、

2、3日前まで静かだった部屋は、一日に何度も鳴る電話で、

目覚まし時計でも頃がしたような騒ぎになる。





そして、俳優生活7年目で、日向さんは『MMB大賞』を受賞した。





その日は、田沢さんが別仕事の打ち合わせで大阪にいたため、

私と米原さんが授賞式に向かう。

ドラマやCMの仕事と比べて、打ち合わせも特にないため、

付き添いの私には仕事がなく、華やかな雰囲気に気持ちもどこか浮かれ気分だった。


「すみません、日向さん、ステージお願いします」


日向さんが俳優になっていく姿を、私は久しぶりに楽屋の後ろで見つめた。

米原さんも楽しそうに髪を整える。

日向さんを先頭にして授賞式へ向かうと、

そこには名の知れた演出家や先輩俳優がズラリと並んでいた。

授賞式が始まり、スポットライトの当たる瞬間を誇らしげに見ていると、

日向さんが大きな花束を持ち、私の方へ近づいてくる。


「これ……持っていて」

「はい」


授賞式では、花束をはじめ、盾や賞状、副賞の目録などももらうことになるため、

私と米原さんが横に控え、もらっていくものを順番に裁いていく。

心から喜んだ授賞式は、あっという間に終了し、

その日は、事務所でも大騒ぎの一日となった。


「あらためておめでとうございます」

「うん……ありがとう。花、飾った?」

「はい、この部屋には似つかわしくないくらい綺麗です」


私は興奮した気持ちのまま、日向さんに電話をした。

あの時渡してくれた花束は、日向さんから本当に私が譲り受けた。


「花をもらう時に、脇にいる史香の顔が目に入ってさ。
なんだかウルウルしているように見えた。
だから、ついそのまま花を渡しに行ったんだけど……」


日向さんの言うとおりだった。

私はステージの端で、事務所のスタッフとして立っていたのに、

目だけはしっかり日向さんを追い、あやうく舞台上で泣くところだった。

あの花束をもらったことで顔が隠れて、少しだけ冷静になれたのだ。

二人の電話は、日付が変わるまで続き、私は次の日、

目覚まし時計を止めて体を起こすまで、相当の格闘があった。





しかし、この嬉しい気持ちは、その週に出された『週刊誌』によって、

一転することになる。





授賞式の日向さんの写真が大きく掲載され、

『日向淳平の魅力』という巻頭カラーページが出来ていたが、

その日向さんのページの中に、私が花束を受け取る写真が、載ってしまう。



『左の目と右の微笑み』



サブタイトルにはそう書かれていた。

この記事を書いた記者によると、

日向さんは左の横顔を見せながら睨む演技をすると魅力的で、

逆に右の横顔は微笑んだ表情が素敵なのだと書いてある。

その微笑んだ表情を示す写真が、私に花束を渡すところだった。





「全くねぇ……淳平は正直って言うか、この記事を読んで笑っちゃったわよ」


米原さんは、そう言って記事のことを笑った。

日向さんが私に向けている目が優しかったことを、

カメラマンが逃さなかったのだろうと付け加える。


「史香に渡したかったんだよね、私も横にいたっていうのに、
気がつかなかったのかい? と聞きたいくらい一直線に史香だったもの」


それでも、そんな笑い話だけで、ことは済むものだと思っていたのだが。





雑誌にこの写真が掲載された次の日から、

事務所のホームページに、色々な書き込みがされるようになった。

花束を受け取った私が何者なのかとか、あの花束はどこに行ったのかなど、

書き込みが一つされると、それを受ける言葉が次々に上げられる。

米原さんは、よくあることだから気にしなくていいと言ってくれたが、

私の心はどうも落ち着かなくなった。


『水曜ドラマ』の最終回を迎える日、

郵便受けに届いたファンレターなどを整理していると、

『前島史香様』と書かれたピンクの封筒が見えた。

裏を見ても差出人はなく、点線がついている封筒だったため、指で引っ張ってみる。


「痛い……」


その封筒には『カッターナイフ』の刃が細工されていた。

何も知らずに引っ張った私の人差し指から、少しずつ血がにじみ始める。



こんなことは初めてだった。



人に恨まれるようなことをした覚えはないし、送りつけられた理由もわからない。

ただ傷口を押さえ、水で流すと、出血を止めるため絆創膏を貼った。





そして、その年も残り何日かとなり、私は久しぶりに日向さんのマンションへ向かう。

二人だけで、ちょっと早めのクリスマスをお祝いするため。

本当のクリスマスには、仕事が入っていて、おそらく会えないが、

それでも、『水曜ドラマ』が無事終了し、『MMB大賞』が獲れたことで、

普段より上機嫌な彼が横にいた。


「副賞の『パシフィックホテルの宿泊券』は、田沢さんにあげたよ。
レポーターは、どなたと一緒に行かれますか? なんて質問してきたけど、
そこで『はい、この人です』って言うはずがないよな」

「あはは……そうですね」


一度、ロケに使ったことがあり、夜景も綺麗なホテルなので、

本当は連れて行ってやりたかったけど、と付け加えながら、

日向さんは申し訳なさそうな顔をする。

私は、いつもお世話になっている田沢さんが喜んでくれるのなら、

それもいいじゃないですかと笑ってみせた。


「そうだよな、こんなイベントづくしの時に、
わざわざ網に引っかかるようなことはする必要もない。
また、あらためて行けばいいんだから」


そう言うと、日向さんは横にいる私の腰に手を添えてくれた。

別に豪華なホテルじゃなくても、どこでも構わない。

誰にも邪魔をされず、二人で時を過ごせたら、それが幸せだと本当にそう思う。


「史香、指、どうしたの?」

「エ……」


日向さんは、私の右の人差し指につく絆創膏に触れながら、そう言った。

封筒にカッターの刃が入っていたなんて、あまりいい話ではないので、

ちょっと書類を整理していて、切ってしまったと舌を出す。


「そうか……。紙って結構切れるんだよな、気をつけろよ」


私がこっくり頷くと、少しだけ酔いのまわった日向さんから、

軽めのキスが、顔や耳にあちこち降り始めた。

どこかくすぐったくて、顔をそらすと、目の前に不機嫌そうな顔が現れる。


「どうして逃げるんだよ、嫌なの?」

「ん……だって、それは……」


日向さんって、時々こういう答えにくい質問をしてくる。

待ってました! とばかりにニヤニヤ出来るはずもないのに、

そんなに面と向かって聞かれると、何て答えたらいいのか、わからない。


「感謝の気持ちなんだ、受けとれってば!」


少しお酒が入っているから、ちょっと強引な感謝の気持ちだったけれど、

私はそんなキスの雨を受けながら、本当はただ嬉しくて、指の痛みも飛んでいた。





年末、事務所の仕事は最終日を迎えた。

古くなったパンフレットなど、いらないものを整理しているとまた郵便が届く。

中身をそれぞれの担当者に分けられるように、宛名をしっかり見ていると、

また『前島史香様』と書かれた封筒があった。

筆跡は前回のものと変わらず、今度は何が出てくるのだろうと、

私はおそるおそるハサミで封を切る。

中に入っていたのは厚紙1枚と、小さなメモだった。

その厚紙には枯れた花の花びらがびっしりと貼り付けられている。



『花は誰のもの? あなたのものなの?』



と、メモにはこの文章だけが赤い文字で残されていた。

カッターの刃が送りつけられた時には、確信が持てなかったが、

この封筒が来たことで、私はあの写真を快く思わないファンが、

私のことを調べたのだとそう思った。



『花は誰のもの? あなたのものなの?』



あの花束のことなのか、それとも日向さん自身を花と例えてのことなのだろうか。

正体の分からない視線が、壁の向こうから私を見つめている気がして、

絆創膏の取れた指を、強く握りしめた。






11 迫る影(2)


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コメント

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怖い(゜_゜i)

いつ誰が見ているか分らない。
スターと言うのはそういうもの。
どんなに気をつけてもフォーカスされる。

ファン心理?怖いわ~~i-282
自分の中だけでとどめておかない方がいいと思うけど。

マンションに向かう姿『誰かに見られたらどうするの?』
私の方が心配しちゃったよ(;^_^A

騒動前の静けさ?

yokanさん、こんばんは!

>ひゃ~、恐いね~(ーー;)これは一騒動ありそうですが、

はい……あります(笑)
史香はどう対処するのか、淳平には話すのか。
こういうことって、起こりそうでしょ?

俳優として出ているのに、ちょっとしたところで『素』が出てしまうなんて、
きっと淳平は正直な男なのでしょう(笑)

どこからか……

yonyonさん、こんばんは!

>ファン心理?怖いわ~~
 自分の中だけでとどめておかない方がいいと思うけど。

だよね、でも、大騒ぎも出来ないし、
史香はどう対処するのか、続きをお待ちください。

誰が見ているのか、
どこで見ているのか……
疑い始めると、体に悪そうだよね。

ファンなら素直に喜んであげればいいのに・・・無理?

こんばんは!!

 スターといえどもいっつもキンチョ―していられないから
仕事はいえ気が緩む時もあるよね・・・。

それがおっきな賞をもらって、好きな人がそばで喜んでくれてたら尚更。

写真に撮られるくらいなんだから
相当いい笑顔を史香に向けてたんでしょうね、淳平くん。

しかし、それが災いの元になってしまった!

女の嫉妬は怖い!(男もか?)

淳平の知るところとなるのかしら?

さて、どうなるか!続き楽しみに待ってます。


    では、また・・・(^.^)/~~~

ファンも色々だね

mamanさん、こんばんは

>写真に撮られるくらいなんだから
 相当いい笑顔を史香に向けてたんでしょうね、淳平くん。

スターも人の子ですからね。隠しきれなかったのかも(笑)

>女の嫉妬は怖い!(男もか?)
 淳平の知るところとなるのかしら?

さて、どうなるんでしょうか。
史香に対する嫌がらせも気になるところですが、
それはもちろん、次回へ続きます。

ファンだったら素直に、喜べばいいんだろうけどね、
そうならない人も、いるような気がします。