17 新たな一歩

17 新たな一歩




朝、カーテンの隙間からこぼれる日差しに、友海は目を開けた。

起きてすぐに目を向ける壁に、今は何もない。



『余裕のない生活の中で、それでも欲しいと思ってくれたあなたにこそ、
必要な絵ではないですか?』



友海は、両親の想いが残った絵でありながら、

持つことを許可してくれた航の気持ちを考え、何もない場所をじっと見続ける。

付き合いを反対されても、自らの想いを貫き、人生を送った華代子の強さに、

友海は胸が熱くなると同時に、その華代子が肺が弱く、

タバコの煙が苦手だったことを想いだす。


友海は立ちあがり、冷蔵庫の上に置いてあったタバコの箱を手に取り、

それを思い切り握りつぶし、ゴミ箱へと捨てた。

カーテンを開き太陽の光を体に受けながら、

この機会に自分も新たな1歩を踏みだそうと、そう心に決めた。





「何だよ、これ」

「何だよって今からでもいいから、意見を出してくださいってことです。
成島さんは本気でお店を変えていこうと考えています。
だから、協力してあげてください」


友海は一度下げられた意見箱をまた元に戻し、馬場や他のスタッフ達に、

真剣に考えて欲しいと訴えた。遅れて入ってきた美鈴も同じように言いだし、

何も考えないで陰で文句を言うのは卑怯だと付け足していく。


「でもなぁ、成島さんは経営者の一族だぞ。
どこか批判するようなコメントを残したら、後から問題になりそうだろう」

「記名なしで書くのに、どうやって批判するんですか。
馬場さんって意気地なしなんですね。
それともこのまま他の会社に負けてしまっても、
じっと我慢して、お給料が下がるのを指をくわえているつもりですか?」


友海はそう言うと馬場にもう一度考えるように、紙を差し出した。

チーフである馬場が意見を出せば、どうしようか迷っている人達も、

協力する方向へ気持ちが傾くのだと言い続ける。


「わかったよ、書きます!」


友海と美鈴はその言葉を聞き、二人で目を合わせ、笑顔になった。





その頃、航は本社の中にいた。

全12店舗のうち、『天神通り店』を選び、意見を出してくれるように願ったが、

想ったような効果は現れず、このまま続けて行くべきなのか、

それとも別の方法を考えた方がいいのかと、頭を悩ませた。

曲がり角にさしかかった時、社長である和彦と専務の海人が見え、

廊下の隅に立ち、軽く頭を下げる。

和彦と海人は視線を航に向けたが、特に声をかけることなく、そのまま通りすぎた。


玄関から車に乗り、古川議員のところへ向かう父を送り、

海人は聖のところへ顔を出す。


「『天神通り店』へ?」

「昨日、私が呼び出して、航さんに付き合ってもらった場所があるのよ。
その帰りに寄ったの。みんな暑い中でてきぱき働いていて、
さすがに12店舗で売り上げナンバーワンの店なんだなって、
ちょっと感動しちゃった。航さんも、彼らの頑張りに、
会社をしっかりしていかないとと思ったみたいだし……。海人も……」

「行ったよ、『天神通り店』には。なんだか鼻っ柱の強い、生意気なパートがいた。
別に学ぶところもなかったし、そこに行ったからって……」

「現場に顔を出したの? ねぇ、海人! いつのこと?」


いつも現場などに顔を出したことがない海人が、

自らの意志で向かったという言葉に、聖は嬉しそうな声をあげる。


「邪魔者が発言してメチャクチャにした、あの会議が終わってからだよ。
あの日は、誰かと会う予定もなかったし、お前も航も現場だ、現場だって
うるさいから行ってきた。何も知らないパートが、洗車料金を出せって言って、
しまいには崩れたオイル缶の山を直すから、手伝えと。
ちょっとやる気になれば5分くらいで出来ることなのに、
出来もしないくせに、意見だけは一人前にぶつけてきた。
見たこと、感じたことはそれだけ」

「やる気になって直したの? それとも放ってきたの?」

「ん? 直したよ。あの鼻っ柱の強い女に一言言ってやりたかったからさ」

「ふーん……動いたんだ、海人」


話しを聞きながら、聖はどこか嬉しそうに頷いた。

海人は、聖の顔を見ることなく、また携帯をいじり始める。


「どんな人? 海人に意見を言った人って」

「確か、飯田友海って言ってたな」


聖は、航がどこか楽しそうに教えてくれた名前と同じだと、その時に気付いた。

海人も、同じ人に堂々と意見を言われたのだとわかり、

あの日、側に立っていた友海のことが、さらに気になっていく。


「ところで聖、お前、航とどこへ行ったんだ」


海人は冷静な口調でそう問いかけたが、言葉とは裏腹に、

携帯を何度も開いたり閉じたり繰り返している。

聖は、航と出かけたことを海人が気にしていることがわかり、

わざと笑顔を見せ、何も語らずPCで仕事をする。


「おい!」

「航さんに聞けばいいじゃないの。私からは秘密」


わざとらしく海人にそうふっかけると、聖はまた指を動かした。

海人の表情が明らかに曇り、その子供のような態度に、呆れながらもおかしくなる。


「絵を探しているのよ、彼」

「絵?」

「そう、成島一樹、お父さんの絵。
亡くなったお母さんに描いてあげたものらしいんだけど、新谷家にもないんでしょ?
で、うちはパパが画廊とかにも少し詳しいから、聞いてみたら、
桐山荘に隠居しているどこかの会長さんが、
個人で持っているコレクションの中に似たようなものがあって、
一緒に見に行ってもらったの。でも、違った」


海人の脳裏に、昔、航が母親と新谷家に顔を出した日のことが蘇った。

ブランコで遊び、その後、部屋まで連れて行って

お気に入りのおもちゃを、色々と出してやった覚えがある。

同じ年の男の子が家へ来ること自体少なく、

自分と航の関係などよくわからないまま、楽しく遊んだ。


「そんな昔の絵、見つかるわけがないだろう。
もし、うちにあったなら、お爺さんがとっくに燃やしているか、捨てているはずだ」

「航さんもそう想っているみたいよ。探しても出てこないことを知る度に、
もう、見ることは出来ないんじゃないかって。でも……」


聖は書類を打ち終え、PCの蓋をパタンと閉めた。

海人は言葉の続きが気になり、携帯をいじっている手を止める。


「見てみたいの私自身が。ある女性のために、描き上げたってその絵を……
ううん、違うな、そう、私が見つけたいの」


海人は見つけたいと言った聖の目を真剣に見た。

自分の届かないところで、航と聖の間が埋まっていく気がして、

携帯を握る手のひらに、自然と力が入った。





友海は仕事を終え、部屋に戻ると、膝を抱えテレビをつけた。

仕事中は他のことを考えているからか、

あまりタバコのことを思い出すこともないが、こうして一人で部屋にいると、

つい手持ちぶさたになり、気持ちがタバコの箱を探してしまう。

それでも絵をかけてあった場所を確認し、その迷いを封印する。


しばらくそんな時間を過ごしていたが、友海はテレビを切ると立ち上がり、

タンスの奥に押し込んだウエアを着て部屋を出た。

何もすることなく座っているから思い出すので、

こうして外へ出て散歩などするようにすれば、自然と忘れられるだろうと考える。

外階段を下りていくと、ちょうど航が出てくるところだった。


「こんばんは」

「こんばんは。あ……そうだ、絵」


自分を見て、慌てて絵を取りに行こうとする航に、友海は軽く首を振った。

別に急いでいるわけではないのだから、いつでもいいですと付け加えると、

航はそれならよかったと安心したような顔をする。


「ジョギングでもするんですか?」

「あ……いえ、散歩程度です。家にいると……あの……」


友海は首にかけたタオルの両端をしっかりとつかみ、

少し引っ張るようにしながら、自分の言葉を押し出そうとする。


「タバコ、辞めようと思うので」


その言葉に対する航の返事を待たずに、友海は軽く頭を下げると門を開き、

商店街の方に歩き出す。


「飯田さん」


友海が急にタバコを辞めると言い出したので、

航は、どこか体の具合でも悪くなったのかと、心配そうに問いかけた。

友海は辞めた方がいいと言ったのは自分なのにと、妙におかしくなってしまう。


「辞めるのも、吸うのも、私の自由です。
別に体の具合が悪くなったわけではないので、ご心配なく」


それならばと、安心した表情の航に見送られ、友海は夜の散歩へと出発した。

あまり普段歩いたことのない暗い道は避け、

商店街の脇にある、自転車で通りすぎる店の前を、ゆっくりと進んでいく。

寝具店の前を通ると、居酒屋でボンボンの隣に座り、

友海にクリーニング代金を請求した男が、ちょうど看板をしまうところだった。

視線をこっちへ向けたが、それを無視したまままっすぐに進む。

あの男もボンボンと同じで、幼い頃からこの商店街で育ったのだろう。

何度か文具店や金物屋に消耗品を買いに行った時、

店の奥や入り口で、昼間からフラフラしている姿を見かけたことがあった。

親がしっかりと働いているのをいいことに、

甘い生活をしているようにしか思えない。


友海が道の角まで来ると、少し前に見た時と雰囲気が変わっていることに気づき、

自然と足が止まった。先月まで営業していた書店のシャッターが閉まっていて、

それがその日の閉店というより、店自体を閉めたことがわかる。

街灯のライトは点滅した状態のままで、

町内会の人は気づかないのか、誰も新しいものに変えようとはしないらしい。

閉まったシャッターとあわせて、心まで寂しくなるような光景だった。


友海はゆっくりしたペースで、

じんわりとかいた汗をタオルで拭きながら、小さな町を1周する。

部屋への階段を上っていくと、ドアノブに大きな袋がかかっているのが見えた。

回覧板ではないしと思いながら中をのぞくと、

コンビニで見かけるようなキャンディータワーと、

それに刺して展示する棒付きのキャンディーが入っている。



『毎日、禁煙出来たご褒美に、1本ずつどうぞ』



それは以前、航があの土手で友海にくれたキャンディーだった。

散歩に行く前、航もどこかに行こうと家を出てきていて、

おそらく何かの用事でコンビニに向かい、買い物をしている時、

これを思いついたのだろう。


「本当にお節介な人だ……」


友海はそう言いながらも、自然と笑顔になり、

袋を手に取ると、前へ進んでいる充実感を持ちながら扉を開けた。





18 立場の違い
<photo:tricot>

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コメント

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チェンジ!

タバコって、この箱が終わったら止めよう、という人は
止められないそうですね。『エイッ!ヤッ!』と潔く捨ててしまった方が良いと・・・
友海もきっと止められる。

聖は海人が好きなんだろう。だから海人に変わって欲しいと願ってる。その思いにいつ気づくかな?

ボンボンとその仲間も変わらないといけないんだけど、
こっちは駄目だろうな・・・

そうか、そうだよ

yonyonさん、こんばんは

>タバコって、この箱が終わったら止めよう、
 という人は止められないそうですね。

あぁ、この言葉、とても説得力ある。
だって、『明日のケーキが終わったらやめよう』
という、私のダイエットが成功しないもん(笑)

友海は芯が強いので、頑張るしょう。

>聖は海人が好きなんだろう。
 だから海人に変わって欲しいと願ってる。

女心は複雑なんですよね。
でも、気になることは確か。変わってほしいことも確か。

ボンボン達は……うーん、
ますますヒートアップの勢いです。
困った人達です。

前進、前進

yokanさん、こんばんは!

>友海ちゃんと美鈴ちゃん、頑張ってますね^^
 この頑張りが良い方向に行けばいいな。

絵がきっかけになり、航と話したことで、二人の気持ちは前向きになりました。
これが前進していけば、商店街もスタンドもよくなるのでしょうが。

>なんで海人だけ呼び捨てにしてるんだ、私は・・・(笑)

あはは……。ここで大笑いしてしまった。
今は呼び捨てになるのも、よくわかります。
彼のこれから……も、見続けてね。