11 迫る影(2)

11 迫る影(2)


送り主がわからない封筒が2つ届き、その年の私の仕事は終了した。

年末年始は実家に戻り、久しぶりに親孝行をする。

母は早速、雑誌に載った『MMB授賞式』の写真を取り出して、

史香も有名人になるかもねと笑っている。

この写真が出たことで、私が今、悩まされていることを知らない母なので

仕方がないけれど、出来れば全て買い集め、破り捨ててしまいたいくらいだった。

それにしても有名人になれるかもと笑っているあたり、

全く、うちの母親のカラッとした思考は、商売に向いている。


「何言ってるんだ、母さんは。史香、おい、この男は誰だ」

「エ……だから、それが日向さん。うちの所属の俳優さんなの」


母とは逆に頭が固く、芸能界のことなどあまり知らない父は、

また凝り固まった評価を日向さんにつけた。

自分がいい男だと思って鼻にかけているなどと、

全く言い返す気持ちにもならないような、子供じみた主張を繰り返す。


「あぁ、もう、うるさいな」


私は、どっちの会話についていく気にもなれず、二人の会話から外れ、

2階にある部屋へ向かった。カーペットの上に寝転ぶと、すぐに瞼が閉じそうになる。

事務所に勤めるようになってから、時間があればすぐ眠れる技だけは身についた。

外は強い北風が吹き、時々窓ガラスをガタガタと揺らす。

風の音だと思いながらも、私はカーテンの隙間から外をのぞき、

不審な目がないかどうかを確認した。


タレントでもない私のことを、追いかける趣味を持つ人はいないと思ったが、

あの写真が出ただけで、どこからか情報が漏れ、名前を知られることになった。

こんな不安な気持ちを、抱き締めて欲しい人はそばにはいない。

両手が開いていた私は、大きなくまのぬいぐるみをつかみ、ただ目を閉じた。





新年が明け、明日東京へ戻るという日も、私は店を手伝っていた。

厨房の奥で汚れたお皿を洗っていると、母が私に声をかけてくる。

もっと手早く洗えなど、文句を言うのかと思えば、指で入り口の方を指し、

手にはなんだか四角いものが握られている。


「何? 今、手が汚れているんだけど」

「いや、あのね、史香に……あら?」


洗剤をお湯で落とし、横にかけてあるタオルで拭くと、

私は店の中で注文を取る母の側へ向かった。

母の手にあったのは封筒で、一瞬、身構える。


「史香、今ね、これをあんたに渡して欲しいって人が来たの。
同窓会かなんかのお誘いかしらねぇ……」


私は、鼓動が速まるのを感じながら、母から封筒を受け取った。

思っていた通り、年末に送られてきた封筒の筆跡と同じで、

すぐに厨房を飛び出すと店のまわりを見回す。

商店街の中は、買い物に向かう人、立ち話に盛りあがる人がいて、

正体の見えない人を見つけることは出来ない。


その人は、自分を『史香さんの知り合いの家内です』と母に告げたらしく、

その意味がわからないまま、私は封筒を持ち2階へ上がった。

あまりの不気味さに、中身を見ないまま捨ててしまおうかとも思ったが、

それは逆に不安を募る気がして、表面に少し触れ、突起物がないことを確認し、

はさみで端を切った。

中に入っていたのは2枚の写真で、少し暗くすぐには誰なのかわからなかったが、

着ている服装に覚えがあり、それが私自身であることに気付かされる。



『どこ行くの?』



同封されていたメモには、この文だけが残されていた。

この2枚の写真は、私が事務所を出てタクシーを拾うところだ。しかも、行き先は……。





日向さんのマンション。





この人は、この後私が、日向さんのところに行ったことも知っていて、

この写真を選び、封筒に入れたのではないだろうか。

もしかしたら、部屋の中にいる時の会話や出来事も、全てわかっているのかもしれない。

私は写真を小さく、小さく破り、ゴミ箱に入れ、そのまま布団へ潜り込んだ。





誰かに見られている。





私のことを知っている人が、どこかから無言で見つめている。

私がいくらその人を探そうとしても、こちらからは誰なのか知ることは出来ない。



そう思うだけで震えが止まらなくなった。

このまま黙っているわけにはいかないと思いながらも、

日向さんに直接言うことは出来そうもない。

確信もない情報では、心配をかけるだけだ。





「これが、その3通なの」

「はい」


結局、私が頼るのは米原さんだった。年末から起こった出来事を一つずつ語り、

実家の場所も知られたことが信じられないと、ため息をつく。


「ちょっとこれ、見てくれる?」


米原さんがそう言って見せてくれたのは、

事務所のホームページの隅に紹介されている米原さんのブログだった。

クリックすると、そのブログに飛ぶように設定されていて、

米原さんが仕事の合間など、携帯を使って、色々な出来事を載せていた。

米原さんが担当しているタレントは日向さんだけではないため、

それぞれのファン達が集い、ちょっとしたオフショットに注目しているものだ。


「このHN、『狂華』って言う人の書き込みを見て欲しいの。
彼女ね、私が淳平のことを書くと、必ず書き込みをしてくるんだけど、
毎回同じ文章なのよ」



『いつもお世話になっております』



『狂華』さんの書き込みは、何ヶ月も前から、この1文だけだった。

確かに、他の人の記事には、書き込みをしたことがない。


「普通ね、『いつもお世話になっております』って身内がいう言葉でしょ。
たとえば両親とか、仕事の関係者とか……あとは、奥さんとか……」

「あ……」

「うん、確信があるわけではないけれど、『知り合いの家内』って言ったって、
今、史香が言うから、それで思いだしたの。
こういうふうに自分をタレントの恋人だとか、隠し妻だとか、
そういうことを書く人も結構いるのよ。今はネットの時代でしょ。
隠していても住所もわかってしまうし、今、何をしているかって行動も、
知らないうちに公表されていたりするから」



『狂華』



このHNは、おそらく日向さんが以前演じた琉聖が、最終的に愛した女性、

『板橋恭香』の名前から取ったものだろう。

現実と空想の世界をわけて考えられない人達がいることに、背中がゾクッとしてしまう。

この人が、私の存在を本当に認識しているのなら、どんなふうに捕らえ、

考えているのだろう。


「プライバシーと仕事と、ギリギリのところで生きているのよね、芸能人って。
だけど、一生懸命応援してもらえないと、仕事にならないし、
そこら辺の線引きは難しいわ」


まだ、いたずらの段階で終わるかもしれないと、米原さんは私にそう言い、

何かまた変化があったら、それは事務所で相談しようと、その日の話しを終えた。

幸い、私のアパートに、何かが起きたことはない。



それでも、いつ、そんなことが起こるのか……と、不安な日々が続いた。





米原さんに相談してから1週間。

私は、いつものように仕事を終え部屋へ戻り、食事を済ませると、テレビを見た。

すると、扉を叩く音が聞こえ、思わず身構える。


「……はい」


時計を見ると、すでに10時を回っていて、あまり人が尋ねてくるような時刻ではない。

速まる心臓を抑えながらのぞき窓をのぞくと、そこに立っていたのは日向さんだった。

すぐにドアを開けると、まわりを気にするように、日向さんは中に入ってくる。


「どうしたんですか……」

「うん、最後の仕事が『八丁目スタジオ』だったんだ。
家に帰る途中に、ここを通れると思ったから、史香の顔が見たくて……」


日向さんはそのまま私を抱き締め、さらに唇を重ねてきた。

このまま受け入れてしまおうかと思った瞬間、

ガタン……と何かが動く音が外から聞こえ、私は日向さんから体を離す。


「どうした、急に」

「今、すごい音がしませんでしたか? あの……」

「ニャーって泣き声が聞こえたぞ。ポリバケツでもひっくり返したんだろ、ネコが。
そんなに驚くような音じゃなかった気がするけど……」


音に対して、冷静になれない自分がいた。

しかも目の前には日向さんが立っている。

もしかしたら、正体の見えないあの人が、この状況に気付いているのではないかと、

カーテンの隙間から必死に外を見た。電信柱の影も、小さな木の横も、

見逃さないように視線を動かし、なかなかそこから離れられなくなる。


「史香、どうした。なんだか変だぞ」


その瞬間、私の携帯電話が鳴り出した。

きっと、この場所に日向さんがいることに気づき、邪魔をしているのだろうと、

私はしゃがみ込み、音が聞こえなくなるように、耳を強く押さえた。


「史香、『お母さん』からみたいだけど」


着信の相手は『母』だった。受話器を開けると、遅くにゴメンと切り出され、

親戚の叔父さんが入院したことを話される。


「うん、わかった。休みの日に病院へ行ってみるから、はい……」


受話器を閉じると、そこは静かな空間が戻っていた。

目の前には心配そうな表情の日向さんが立ち、なんとか誤魔化そうとするものの、

泣き虫な私の目からは、ポロポロと涙がこぼれ始める。

指でぬぐってもらっても、またその指を濡らす涙があふれ出し、

しまいには日向さんの胸に顔を埋めて、ただ泣くだけになった。



心配かけまいとしたものの、私は結局、ここのところ起こった出来事を、

そのまま日向さんに語ることになった。

変化が起きたのはあの『授賞式』以来で、あの写真を快く思わないファンの人が、

私に嫌がらせをしてくるのだろうと、米原さんとの会話も付け足していく。


日向さんは横に座ったまま、黙ってじっと話を聞いていた。

表情を変えることなく、気持ちを表現することなく、

視線も一点を見たまま、動くことがない。

私が全てを語った時、それを待っていたかのように日向さんの腕が体に触れ、

不安な心ごと包み込むように抱き締めてくれた。


いつも感じる日向さんの優しい香り。心臓から聞こえてくる確かな鼓動。

そして髪に触れる息づかい。





私は日向さんに包まれながら、少しずつ心を落ち着けていった。





1月も半ばに入り、年末に発表された『スタイルブック』の打ち合わせが行われ、

映画の制作発表など、準備段階の仕事が増えていた。

画面に出ることが減っているからなのか、宣伝することがあるからなのか、

日向さんには珍しくTVのトーク番組の予定が入る。


「こちらの条件を呑んでくれることになったからな、たまには出ておかないと、
また、余計なことを言われかねない」


田沢さんは事務所に来たとき、トーク番組を仕事に入れた理由をそう語ってくれたが、

日向さんはまた別のことを口にした。

『打ち上げA』として予約を入れた、あの店で、久しぶりにゆっくりと食事をする。


「史香から話しを聞きながら、避けている時は過ぎたのかなと思ったんだ。
これからは自分に出来ることはしていかないと、僕自身が埋もれてしまう」


冷静にナイフとフォークを動かしながら、

日向さんはトーク番組を選んだ理由をそう語った。

あまりにも落ち着き払っていて、何かを決めてしまったように見えるその雰囲気に、

私は逆に不安な気持ちが沸き上がる。

なぜなのか、どういう言葉を出すつもりなのか聞いてみたかったが、

それは日向さんを信用していないように思えて、出しかかった言葉を、

食べ物と一緒にそのまま飲み込んだ。






12 迫る影(3)


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コメント

非公開コメント

怖い。。

日向くん、トーク番組で何を言うつもりなのかなあ~@@
芯が通ってる彼だからなあ
史香ちゃんの不安もわかります。

それにしても、史香の体験したことは考えただけでも怖い~
病的に思い込んでる人って、これまた止められないもの。

次、どきどきしながら待ってます。

現実と空想

私もどこかで見られてないかって凄く気になってたんだよね
史香が日向さんのマンションへ向かう姿・・・

でも実家まで来るとは@@
ファン心理とはいえ
現実と空想がごっちゃになってくるとかなり危ない
大騒ぎしたくない史香の気持ちもわかるけど
いつまでも史香一人で抱えるわけには行かないよね
どんどんエスカレートして、
もし取り返しのつかない事にでもなったら日向さんにとっても良くないもの・・;;

>自分の出来ることはしていかないと・・・
心の中で何かを決めているような日向さんが
トーク番組で何を語るのか

気になる次回、ドキドキ楽しみに待ってるね~!

サスペンスだったのね(笑)

現実と虚構の世界が区別できなくなっている人がいてもおかしくない。
ネット社会がこれだけ広まればどこでどんな風に関わっているのか分らない。

史香の恐怖は言葉では表せないほどだと思う。

純一に話せてことでホッとするかと思ったけど、違った不安が押し寄せる。

ヒッチコックのサスペンスみたいで『キャ~~!』

思い込んだら……

れいもんさん、こんばんは

>日向くん、トーク番組で何を言うつもりなのかなあ~@@

そう、今回のことで、淳平はある決意を固めました。
次回はそのことを中心に話が進みます。

>それにしても、史香の体験したことは考えただけでも怖い~

以前、何かのトーク番組で、ちょっと前のアイドルさんから、
同じような話を聞きました。
待ち伏せ、手紙などは、よくあるそうですよ。
『思い込み』も怖いものですよね。

紙一重の恐怖

パウワウちゃん、こんばんは

>私もどこかで見られてないかって凄く気になってたんだよね
 史香が日向さんのマンションへ向かう姿・・・

そうだよね、どこで誰が見ているか、わからない世界。
情報管理とか、色々なことも話題になってますし。
さて、この出来事で何かを決めた淳平。

>ファン心理とはいえ
 現実と空想がごっちゃになってくるとかなり危ない

熱心なファンと、ご迷惑なファンは紙一重だと、
雑誌で読んだことがありました。
言われて見たら、そうかも……と納得した私。
エスカレートっていうのが、一番怖いよね。

さて、淳平はいかに!
次回へ続きます。

巨匠?

yonyonさん、こんばんは

>ネット社会がこれだけ広まれば
 どこでどんな風に関わっているのか分らない。

自分の知らないところで情報が流れているってことも、
あるらしいです。
今じゃ携帯だってカメラがあるし、録画も出来ちゃうし。
素人『カメラ小僧』みたいなのが、
たくさんいるようです。

>ヒッチコックのサスペンスみたいで『キャ~~!』

あはは……サスペンスなの?
鳥がいっぱい出るとかは、ないけどね(笑)

ファンなんだろうけれど

yokanさん、こんばんは

>それにしても、いったいどんなファンが・・・
 思い込みの激しいファンか・・・

熱心なのと、迷惑なのは、紙一重だそうです。
以前、読んだ記事に、そう書いてあったんですよ。
(それとちょっと参考に……)

注目される仕事っていうのは、大変ですよね。
私だって、もし、隣に芸能人とか座ったら、
何度も、何度も見ちゃうだろうし(笑)

さて、二人はどうなるのか。
それは次回へ

ストーカー・・・?


   こんにちは!!

うわ~っ!ついに史香の実家まで来ちゃったよぉ・・ドキドキ

狂信的すぎるファンて怖いね。ブルッ

話を聞いた淳平くん、何かを心に決めトーク番組に出演を決めたようだけど

皆さんと同じように何を語るのか気になる・・・
そして、あの人の事なのか?
・・と思っちゃったりなんかしてね ^m^

それは続きのお話でのお楽しみ!ヽ(^o^)丿


   では、また・・・(^.^)/~~~

怖い!!

やあ~っとおいついた。(こればっかり^^)

他人が知ってて、自分が知らない。
そんな人からの嫌がらせって気味悪い。

いつもどこかで見られてなんて犯罪行為だよね。

しかも実家にまで追いかけてくるなんて、
その執念を感じちゃいます。怖いね、思い込みの激しい人

>史香から話しを聞きながら、
避けている時は過ぎたのかなと思ったんだ。
事態を聞いた日向さんはトーク番組で何を言うんだろう
もしかして重大発表!!!とかになるのかな。

はあ~ドキドキ・・・

ブルブル……

これって、mamanさんだよね(笑)
こんばんは!

>狂信的すぎるファンて怖いね。ブルッ

好きな人のことを知りたい……という気持ちが、エスカレートするんでしょうね。
時々、テレビでもニュースになったりするもんね。

淳平が史香の涙を見て、何を決めたのかは、
もちろん次回へ続くのです。

そうそう、お楽しみ(笑)

犯罪はいけません

tyatyaさん、こんばんは!

>いつもどこかで見られてなんて犯罪行為だよね。

そうそう、犯罪行為だよね。
でも、人のゴミとかをあさって、個人情報を得るのを楽しむ趣味も
あるらしいです。だから、必ず名前とか住所とかはわからないようにしないとね。

>事態を聞いた日向さんはトーク番組で何を言うんだろう
 もしかして重大発表!!!とかになるのかな。

重大発表! だとしたら、田沢が黙っていなさそう。
(おっと、ヒント?)
いやいや、続きをお待ち下さい。
いつでもいいからね、慌てないでね!