TRUTH 【最後の願い】

TRUTH 【最後の願い】

TRUTH【最後の願い】



季節は完全に秋に入った。

ファッションに気を遣う女性が多い季節は、美容室もなにかと忙しくなる。

新人たちが勉強の成果を競うテストも、最後の1回を残すのみとなった。

7名中、全ての課題をクリアしているのは5名で、

その中に越野さんもしっかりと入っている。

有野の補助をこなし、現場でも色々と経験している彼女の、

最後の課題はシザー裁きで、それほど難しいこともないだろうと思っていた。





昨年お世話になったデザイナーが、広島の中心街に初めての店を出し、

そのお披露目パーティーに参加することになった私は、

会場に社長の名前で花が来ていつことを確認し、中へ入る。

彼の父親も有名はデザイナーだが、息子のデザインは父とは全く違い、

色使いも個性的で、洋の中にどこか和も想像させる。

大阪へ出張で来ているはずの瀬口に、

もし時間があるのならこっちへ立ち寄れないか電話を入れると、

彼は、東京行きの新幹線に乗っているのだと言った。


「どうした、今日は大阪に残ると言わなかったか?」

「はい、その予定だったんですけど。有野から連絡がありまして。
いやぁ……あの……越野さんが」

「越野さん? 彼女がどうした」


最後のテスト日、実技の途中で、越野さんはシザーが止まってしまい、

慌てて修正しようとして落とすという失敗をしたらしく、不合格となった。

店でも教えてきたごく普通の技術なのに、失敗した理由がわからないと、

瀬口は焦りの言葉を出してくる。


「沢木さんが言うんですよ。うちの3人、山下さんは合格したんですけど、
すでに来年もう一度となってしまったのがうちの新人で、
ここで越野さんが落とすと、落第者3名のうち、2名が僕の店になるんです。
瀬口の指導は素晴らしいんだな……とかなんとか、嫌味を言われてしまって」


瀬口は、すぐに戻って、有野と二人、越野さんの補講をするのだとそう言った。

私は左腕にはめた時計を見る。テストのやり直しは、

今夜の営業時間終了後のはずだ。瀬口や有野が叩き込む時間があるのだろうか。


「会場はどこなんだ」

「それが運良く『緑山南店』なんです。だからすぐに戻って、それで……。
越野さんにはなんとか頑張ってもらわないと、俺も有野も立場ないですから」


本日の営業時間は午後8時、他店からのスタッフが到着し、

技術テストが始まるのが午後9時、その補講で落としてしまうと、

来年もう一度テストに全て合格するまで、給料も上がらず待遇も変わらない。





来年の春行われる『スタイリストコンテスト』。





その正式メンバーを助けるアシスタントは、12月のテストで選ばれるが、

今回の試験を落とすとなると、応募する権利すら失ってしまう。


私はわかったと瀬口につげ、受話器を閉じた。


「森住さん、お久しぶりです」

「あ……お久しぶりです。素晴らしい作品ですね」


デザイナーに声をかけられ、そこからしばらくは仕事モードで動くことになった。





全ての役目を終え、体が自由になったのは午後4時少し前。

今回を逃すと、年明けまで会えないと言っていた真知子さんに会うため、

この後、福岡へ向かう予定になっていた。

時計で時間を確認し、私は店の前でタクシーをつかまえる。


「お客様、どちらへ」


普段ならば当たり前に届く言葉が、私の気持ちを見抜いているように突き刺さり、

返事を待つ運転手の顔が、心を探るような真剣さに思えた。


「広島空港へ……お願いします」


夕方の便にもぐりこめば、なんとかテストの途中で『緑山南店』につけるはずだ。

携帯を開き、真知子さんのメールアドレスを呼び出し、左の親指を動かす。



『ごめん、今回は東京へ戻ります』



新人テストの結果を気にしながら、

真知子さんの所へ行くべきではないと、そう思った。

私が、何を考えているのかなど、彼女はすぐに見抜いてしまう。

タクシーは街の中を抜け、山へ向かうと、

たいした混雑にもならずに、広島空港へ到着した。





私は、時計と時刻表に目をやりながら、電車を乗り継ぎ『緑山南店』へ急いだ。

急いで見たところで、越野さんの試験結果が変わるはずもないのだが、

その結果だけは、見ておきたかった。

時計はすでに9時を回っていて、技術の時間を考えると、

最後の10分に間に合うかどうかだ。

営業時間を終えた店は全体をカーテンで覆ってあり、それでも中の熱気が、

漏れる光から伝わってくる。テストを受けているのは一年目の新人だけではない。

3年目までのスタッフが、それぞれに課題を与えられ、

こなしていくテストも同時に行われていた。

会場の奥に心配そうな瀬口の姿が見え、その隣では祈るような表情で、

前を見ている有野がいる。私は二人の視線を頼りに、越野さんを探した。


「森住さん」


外で黙ってみていた私の肩を叩いたのは、京都支店の川澄だった。

たまたま出張に来ていて、この日にぶつかり、瀬口から呼び出されたのだと笑う。


「どうしたんですか、中に入りましょう」

「いや……技術者じゃなくなった私が、ここへ入るのは……。彼らは真剣だ。
変な緊張感を与えたくはない。川澄、君は入って、
新人たちに何か力になるようなことを言ってやってほしい」


越野さんが、たとえこのテストに不合格になったとしても、

また、一から頑張れる気持ちになるように、励まして欲しい……。

それが私の気持ちだった。

川澄が中に入り、しばらくすると、歓声が起こり、

瀬口と有野と握手をしている越野さんの笑顔が、隙間から少しだけ見える。

嬉しそうな彼女の笑顔に、私はほっとした気持ちと、

寂しげな気持ちを交わらせながら、家への道をまっすぐに進んだ。





彼女が追加合格をしたことは、後日、本社で配られた書類で改めて知った。

追試でのシザー裁きはとてもうまく、川澄も越野さんの素質をほめてくれたと、

瀬口も嬉しそうにメールをよこした。





瀬口も、有野も彼女についていてくれる。





彼女はあの、7年前の女性ではない。

夢を見る新人、越野柚希。





私は大きく息を吸い込むと、薄い雲に覆われた空をただ見つめた。





それから1週間が経ち、テストの季節を終えた店は、

また、一つステップアップしたスタッフたちが、接客に忙しくなる。

来年の春、東京で3年ぶりに行われる、『スタイリストコンテスト』、

通称スタコンのため、各支部から、優秀なスタッフが推薦された。

京都の川澄が育てた早坂も、瀬口が育てた有野も、もちろんメンバーの一人だ。

本社でメンバーリストを見る社長は、それぞれの名前を指で差しながら、

まだ、火をつけていないタバコを軽くくわえた。


「今年の『スタコン』では、ぜひ、優勝者を出したいな」

「はい。早坂や有野が出ていくことになるんでしょうが、
『stone』や『live』にも、なかなか優秀な技術者が揃ってますし」

「早坂に有野か……、ずいぶん若返ったな」

「彼らは今、一番の伸び盛りです」

「この業界の移り変わりは速い。
常に気持ちを先端に持っていかないと、すぐに用なしだ」

「はい……」

「私も森住も、化石扱いにならないように気をつけないとな」

「……そうですね」


若いスタイリスト達の成長を喜び、社長はすぐにシザーを置いた。

妙なプライドを脱ぎ捨て、考えを柔軟に変えられるからこそ、

わが社はこれだけ成長を遂げたのだ。

その社長の目に狂いはなく、私はともかく、社長は『化石』になどならないだろうと、

妙におかしくなる。


書類を手に持ち、社長室を出て、冬の色を見せ始めた空を見上げたとき、

左のわき腹あたりが強く痛んだ。

一瞬目を閉じ息を止めると、その傷みはなかったようにひいていく。

強いストレスがかかると、前からこんなことがあった。

少し休みでも取ろうかと思いスケジュール帳を開くと、

以前、越野さんと出かけた店の名刺が挟まっていた。





郵送しようと手に持った有野の書類を、私は『緑山南店』に届けることにした。

車に乗り、久しぶりに駐車場へ入ると、塀の上にチャコが見える。

ゆっくりと進み、向こうが逃げる時間を与えてみたが、全く動く気配がなく、

本当に人にも車にも慣れている猫だと思いながら、しかたなくエンジンを止めた。



『チャコ、森住さんはアレルギーなんだって。だから車に近づいちゃダメよ』



そう言って、チャコをどけてくれたのは、越野さんだった。

あの日、初めて私に楽しそうな笑顔を見せ、食事の約束をした。

久しぶりに日付を確認し、その日を待つ思いを味わった。



彼女がもし……あの7年前に出会った女性なら、この湧き上がった思いを、

封印する必要などなかっただろう。

あの日、自分勝手に思いをぶつけたことを謝り、

また、あらたな関係を築けたのかもしれない。





しかし……





越野柚希は、あの7年前の女性ではなかった。

アシスタントテストに必死に取り組み、

明日への希望を持ち、職場に立っている若い芽だ。

夕日に映える彼女の笑顔を見た時、隣で笑う有野の顔を見た時、

真実と虚実が重なり合った。



『私も森住も、化石扱いにならないように気をつけないとな』





私は、7年の年齢を重ねた。

あの日は、もう……決して戻ることはない。





チャコの存在に覚悟を決め、運転席を出ると、そのまま車をロックした。

何もないように前を通り裏口へ向かえば、それで終わりだ。


しかし、チャコは塀の上から飛び降り、そろそろと私の前にやってきた。

そしてそのままそこへ腰を下ろし、足で耳をかいている。

ネコには人の心を見抜く力でもあるのだろうか。

この態度は、私が前へ出てくることはないとでも、言っているように思え、

引き下がれず前へ出ようと足を踏み出してみる。

チャコは何かに気づき、そちらの方向へ走り出した。




チャコの目指したものは……




越野柚希だった。





越野さんの手から下ろされたチャコは、自分の家のある道路へ自ら出て行った。

夏に会っていた頃に比べ、越野さんの髪は伸び、少し痩せた気がする。


「また、結局助けてもらったね」

「いえ……」


特に話があるわけではないのに、互いの足がそこから離れることはなく、

何か言いたげな彼女の唇が、そのまま閉じてしまう。


「テスト終了、おめでとう」

「最後にとんでもなく迷惑をかけてしまって」

「いや……瀬口や有野も、全てパーフェクトにここまで来たわけじゃない。
彼らにも色々と失敗だってあったんだ。そんなことを気にする必要はないよ。
また、ステップアップして、恩返ししなさい」

「はい……」


私からこの場を離れるべきだろう、そう思った。

有野へ渡す書類を握り締め、軽く頭を下げる。


「あの……森住さん」

「何?」

「私、何か失礼なことを、したでしょうか」


越野さんはそう聞くと、一度大きく息を吐き、何度も電話やメールをしようとしたが、

直接会って聞くべきなのではないかと、あれこれ悩んでいたことを語り始めた。

私は、思っても見なかった展開に、彼女を置いていくことが出来なくなる。


「言うことだけ言って、結局、トップの成績を取れないどころか、
追試にまでなってしまって、呆れられてしまったのではないかと……」


越野さんは、私がアシスタントテストの追試を、外で見ていたことも知っていた。

おそらく、川澄が中に入って、瀬口か有野に、私がいたことを告げたのだろう。

声をかけることなく、その場からいなくなったことを、

越野さんは、私が怒っていると思ったらしく、気にしていた。


「いや……怒っていたわけじゃないんだ。君のそばには瀬口も有野もいたし。
私があの場へ顔を出すことは、他のメンバー達に変なプレッシャーを与えることになる。
ほら、君たちの新人紹介の時のように。あんなふうに気を遣われるのが嫌だったんだ」

「本当ですか?」

「あぁ……」


不安げな表情が、少しだけほっとしたのか、越野さんの口元が少しだけゆるんだ。

私はその眩しい表情から、自然に目をそらす。


「あの……お願いがあります」

「お願い?」

「私、『スタコン』のアシスタントに応募しました。
3年目までのアシスタントの中から、3名しか選ばれない狭き門ですけど、
でも……無謀にも応募したんです」


『スタコン』の技術者は3名。

そして、それぞれにアシスタントがつくことが決まっている。

1年目の越野さんが応募し、合格する可能性は1割程度しかないだろう。


「もし……合格したら、1つだけ……最後に1つだけお願いがあります」


新人のテストで1番を取ることより、追試を合格することより、

難しいチャレンジをあえてしようとする越野さんの要求がなんなのか、

私は目をそらせないまま、その場に立った。






【冬の海】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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近づきそう

こんにちは。
柚希は何を頼むのかな。
なんだか二人が近づきそうです。

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さて、距離は?

あんころもちさん、こんばんは!

>柚希は何を頼むのかな。

ですよね。
でも、ここには書けないのです。
ただ、森住が考えていたような柚希の状態ではない……
気がします。

さて、二人は近付くのか、遠ざかるのか、
それは次回で。

仕事は辞めませんよ

ナイショさん、こんばんは!

>なんだろう、柚希の言葉
 仕事、やめちゃうとか?

エ! 仕事?
それはまだ、大胆な(笑)
いえいえ、そうじゃないことだけは、報告しておきます。

柚希の思いと森住の思いが
重なるのかどうか、それは次回へ

真知子と柚希

yokanさん、こんばんは!

>真知子さんよりも越野さんを選んだか~・・・。

柚希が、単純な試験に失敗したという事実が、
森住は気になったのでしょうね。
真知子は鋭いので、隠していても、
何か気付きそうですし……

>今回やたらと「7年」が出てきたけど、
 7年前の女性が気になるわね~(ーー;)

あはは……そうそう。
7年前の女性のこと……
忘れているようで、忘れていないんですよ。

彼女の正体も、そろそろ明らかにしないと
話が終わりにならないでしょ。

今まで少しずつからんでいた糸が、
核の部分へ入ります。

なんとか、そちらに!

拍手コメントさん、こんばんは!

>創作3兄弟、全く違った趣に、感心するばかり。

うわぁ、ありがとうございます。
人にはそれぞれ趣味があると思うので、
1つだけより、いくつか書いていると、
きっと、どれかに当てはまってくれるかな……なんて、
書いていたら『3兄弟』になってました(笑)

もちろん、全て読んでもらえるのが理想ですけど、
無理なく、おつきあいください。

>私のお気に入り森住さん、どうか幸せにしてください。

なんとか、そちらに向かっておりますので、
どうか、応援よろしくお願いします。
初めてのコメント、とっても嬉しかったです。
また、気が向いたら、つぶやいてくださいね。

『化石』になんてならないでね!

越野さんと距離を置こうと決めた森住だけど
試験に失敗した@@なんて聞いちゃったら
やっぱり放ってはおけないのよね^^

でも追試に合格して喜ぶ越野さんの姿に安心しながらも寂しさを感じる森住

彼女の傍には有野がいるから・・なんて勝手に思っちゃってるんじゃないの?
そりゃ、越野さんは七年前の彼女ではないし
自分の今の立場や年齢とかいろいろ考えちゃう気持ちもわからないではないけど・・・

でもそんな風に自分の気持ちから逃げてると
本当に『化石』になっちゃうぞ~

越野さんも、楽勝と思われた試験を失敗したのはただの緊張から?
それとも、何か心に揺れる物があったのかしら?

あぁ~でも今はとにかく
越野さんが難しいチャレンジをしてまで頼みたい最後のお願いが
メチャメチャ気になる~~(>_<)

森住の気持ち

パウワウちゃん、こんばんは!

>でも追試に合格して喜ぶ越野さんの姿に安心しながらも
 寂しさを感じる森住

柚希を見て思い出すのは、『7年前の女性』と
若かった頃の自分……なんでしょうね。
瀬口や有野といる柚希は
森住には、触れてはいけないもののような
複雑な気持ちなのかも……。

さて、柚希の願い、

>越野さんが難しいチャレンジをしてまで頼みたい最後のお願いが
 メチャメチャ気になる~~(>_<)

気にして、気にして(笑)
ここから一気に、色々な謎(7年前の女性の正体)などが、
明らかになっていきますからね!