君に愛を語るとき …… 14 支え

14 支え



父親の運転する車に、乗っていく律子をリハビリ室から見ている柊。

久し振りに会えた彼女に、声さえもかけることが出来なかった。


「横山先生……僕は臆病者です。こんなふうに律子と会えなくなって、
初めてそれに気付きました」


駐車場から走り出し、律子を乗せた車は、木の影に見えなくなっていった。


「彼女の側にいたい、支えてやりたい。口ではそんなふうに言っていても、
努力していたのは律子だけで、僕は……」


失った足の機能をなんとかしようとリハビリをし続け、

両親には柊と会っていることを、隠していた律子。


「律子の人生をもて遊ぶなと、この間、あの父親に言われました。
そんなつもりはなかったけど、結果的に苦しめているだけかもしれない……」

「山室君……」


横山先生は、柊の横に立ち、窓の方に背を向けた。


「人間なんて、そんなに強くないわよ。誰だって自分がかわいいし、
嫌なものからは避けて通ろうとする。自分が臆病かもしれないと、
自らを見つめられるあなたは、臆病者とは言えないわよ」

「……」

「少なくとも、あの事故の後、りっちゃんを支えようと決めた山室君は、
私からすればそれだけでも勇気のある男だと思うけど……」


横山先生のその言葉に、少しだけホッとさせられる柊。


「本当に弱いのは、娘の気持ちを理解しようとせずに、
現実を見ないようにしようとしている、あの父親だと思う」

「……」

「りっちゃんが、誰を必要としているのか、気がついてるのよ。だから、怖いの……」

「……」

「親は、常に自分が一番でありたいからね……」


その横山先生の言葉に、柊は小さく頷いた。


窓の外を見つめながら、柊のことを考える律子。柱の影に立っていた彼を見た時、

辛くて涙がにじんできた。ふと見たバス停には、

自分たちと同じくらいのカップルが楽しそうに笑っている姿が見える。


柊の相手が自分でなければ、あんなふうに隠れることなどせずに、

堂々と目の前にいる人達のように、日々を楽しんでいることだろう。

いや、この足が何事もなかったかのように動いてくれたら……。

律子は右手で、自分の右足を強く握る。


「律子。疲れたのか?」


黙っている律子に、運転している父親が声をかけたが、その問いに答えることなく、

律子は外を見続けていた。





それから3日後、柊は突然の訪問客に、ホテルへ呼びだされた。


「……あ! ハンジュ!」

「シュウ!」


韓国の研修で世話になったハンジュが、就職を決めた企業に挨拶をするために、

日本へやってきたのだ。


「住谷建設じゃないのか。残念だ……」

「シュウももうスタートしたんだろ」

「うん……」


互いのスーツ姿を見ながら、思い出話や、それからのことを語り合う二人。

しばらくするとハンジュの携帯に電話がかかる。


「ロビーだよ……あ、ここ!」


ハンジュは少し手をあげ、彼女に合図した。以前話していた彼女が、柊の前に現れる。

写真で見せられた顔より、本物の方が美人だと、柊は挨拶を交わしながらそう思っていた。


「残念だったな、シュウの彼女に会えなくて」

「うん……」


3人は場所を変え、夕食を取る。


「どうして反対されてるんですか? 山室さん」


何も知らないハンジュの彼女は、反対される理由を柊に聞いてきた。

柊は律子と出会った事故のことを、説明する。


「素敵じゃない、山室さん……。あ、ちょっと言い方が変かしら」


あの事故での出会いを、素敵だと言ったハンジュの彼女は、他に言葉を探そうと、

考えているように見えた。


「最低の思い出が、最高の思い出に変わるかもしれないんだもの……」


彼女の言葉を、頷きながら聞いているハンジュ。


「シュウ。親の反対なんて、色々だよ。僕たちだって、最初からOKだったわけじゃない」

「そうよね……」


ハンジュは自分たちのことを語り出した。交換留学生として二人は出会い、

距離のある中で、想いを深めてきた。しかし、そこには国境という壁があり。


「顔も似ているし、国の距離だって近いけど、色々と歴史は深いしね」

「……ハンジュを選ぶなら、家を出て行けって最初はそう言われたわ」


辛かった頃を思いだし、そうつぶやいた彼女の手を、ハンジュは優しく握っている。


「少しずつ、少しずつ理解してもらったよ。その時間がかかった分、互いの絆も、
周りの絆も深くなったんだ。僕の両親も日本へ行ってみたいと言うようになったし、
彼女の両親も同じように……な……」

「うん」


そう言いながら見つめ合う二人を、黙って見ている柊。


「彼女と出会って、僕は日本人のイメージが変わった。だから、君が韓国へ来たときも、
すぐに友達になりたい……そう思った。シュウはどう? 僕と出会ったことで、
次に出会える韓国の人間と、すぐにうち解けられる気がしないか?」


ハンジュの言うとおりだ……。柊はそう思い頷いた。初めて行った国で、

気軽に声をかけてくれたハンジュ。彼がいたおかげで、楽しい日々を過ごすことが出来た。

もし、誰ともうち解けないまま、日本へ戻ってきていたら、

韓国という国のイメージも全く違うものだったかもしれない。


「大変なことを乗り越えると、得るものはとても大きい……。僕はそう思うよ」

「私もそう思う」


互いの意見に、見つめ合う二人。


「なぁ、ハンジュ。今日は二人にあてられに来たわけか? 僕は……」

「あはは……」


焦らずに出来ることをしていこう。ハンジュ達と語りながら、柊はそう思っていた。





「エ……来ない?」

「うん、まだ来てないの。どうしたんだろう」


次の週末、律子に会うためにリハビリ室へ向かった柊だったが、

時間になっても病院へ来ていない彼女。


「家に電話してみるわ。具合が悪いのならいるだろうし」


横山先生はリハビリ室を出ていった。柊は窓から律子の姿を探している。


「エ? 出てる?」

「うん、ちゃんといつもの時間に出ていったって。どうしたんだろう……。
途中で何かあったのかな」

「……僕、駅まで行ってみます」


柊は病院を出て、駅までの道を歩いていた。それでも結局律子には会えないまま、

また病院へ戻る。


その頃、律子は、ある駅のベンチに座っていた。ここで電車を乗り換えれば、

すぐに病院なのだが、足がどうしても動いていかないのだ。


「お客様……具合でも……」


律子が動かないことを心配した駅員が、そう声をかける。律子は首を横に振り、

違います……と返事をした。


立ち上がり病院行きの電車に乗り、なんとか駅で降りた。

予定の時刻から1時間以上超えている。


「律子!」


柊の声に、一瞬ビクッとし、顔をあげる律子。

とりあえず何事もなく到着したことにほっとする柊だったが。


「何してたんだよ。横山先生待ってるのに」


律子は下を向いたまま歩き出し、ゆっくりと病院へ向かっていく。

どこか暗く思い詰めているような彼女の後を、柊はゆっくり着いていった。


「はい……もう一度」

「……」

「りっちゃん、もう一度……」

「……はい」


1時間遅れながら、予定のリハビリをこなしていく律子。

柊は一度も顔を合わせようとしない彼女を心配そうに見つめた。


「もう一度……」

「……もう……いいです……」

「エ?」


律子は小さな声で、下を向いたままそう言った。

横山先生はその言葉を無視するように、『もう一度』を繰り返す。


「律子……」

「もう、イヤ!」


律子はそう叫び、足につけていたおもりをいきなり投げつけた。


「こんなことしたって、もうこれ以上よくなんてならないし、何も変わらない」

「そんなことない、りっちゃん……」

「先生にはわからない。左は簡単に動くのに、右のこんな簡単な動きをするのに、
どうしてこれだけ時間がかかるの! こんな膝、もう……」


そう言いながら膝を叩く律子。


「よせって……」


柊は律子の膝の上に、自分の左手を置いた。律子はその左手を思い切り叩いてしまう。


「……ッ……」

「……柊」

「やめろって。どうしてそんなことするんだよ。ここまで頑張ってきたのに、
どうしたんだ。何があったんだよ」

「……もう、来ないで、柊! 私のことなんて構わないでよ!」

「……律子」


取り乱している律子を、なんとかなだめようとする柊だったが、律子は立ち上がり、

部屋を出て行こうとする。


「りっちゃん、もうやめちゃうの」

「やめます! もう、来ません!」

「山室君も、帰っていいの?」

「もういいんです。もう……いいですから……」


横山先生は、扉の前に立つ律子の腕をつかみ、部屋を出て行った。

柊は律子が投げてしまったおもりを拾い、二人を追い廊下へ出て行く。

しかし、すでに二人の姿はそこになくなっていた。





「わかってるってそう言ってたよね。前に、りっちゃんが足のことを聞いた時。
完治はしないんだよって、説明したこと」

「……はい」


横山先生は、律子を手術室の前に連れて行っていた。今日のオペはなく、

周りはシーンと静まりかえっている。


「ここで手術をされたあなたが、ここまで回復してくれたことは、
本当に嬉しく思っているのに。辛いことはわかるけど、山室君だって……」

「先生。柊がかわいそう。やっぱり、好きになるべきじゃなかった。
私じゃなければ、あんなふうに父に言われることもなかったし、
もっと休みの時間も、自由に生きていられるのに……」

「……」

「この右足さえ治れば……。そう思い続けてきたけど、やっぱり無理で。
それを両親が彼のせいにするのなら、彼を責めるのなら、あまりにも柊がかわいそう」

「……だから?」

「私が全部諦めれば……」


横山先生は一度律子の方を向き、大きくため息をついた。


「あらら……。またりっちゃんの病気だわ。すぐに諦めるって言うんだから。
何を甘えてるんだか。格好いいこと言っても、変化がないようなリハビリをするのが
イヤなだけじゃないの。山室君を楽にしたいなんて言って、
自分が楽をしたいんでしょ? 違う?」

「……」

「諦めてどうするの? 山室君も、リハビリも諦めて。何が残るの?
本当に諦めますって出来るの?」

「……」

「来なくていいって、山室君に言いなさい。自分で……」


そう律子に言い残すと、横山先生はリハビリ室へ戻ってきた。

心配そうな顔をした柊に近づき、少しだけ笑う。


「全くもう、あのお姫様は……。ちょっと疲れちゃってるみたい。
3階の手術室前にいるから、行ってあげて」

「あ……はい」

「あ、山室君。魔法をかけてちょうだいね、やる気の出る魔法」

「魔法?」


不思議そうな表情をする柊に、横山先生はニッコリと笑う。


「誰も来ないから……」

「エ?」


横山先生は、そう言うと、柊にウインクをした。





「誰もいないのに、暖房だけはかかるんだな、ここ」


律子は少しだけ柊を見ると、また視線を下に向ける。


「リハビリ、イヤなら辞めたっていいよ。僕はそれでも構わない」

「……どういうこと?」

「僕は、今の君しか知らないから……。
人より少し右足が動かしにくい、律子しか知らない」

「柊……」


柊は律子の方を向くと、軽く笑う。


「無理して頑張らなくていい。そのままの君で十分だ……。
もう十分、律子は頑張ったんだよ」

「……でも、柊の責任になるもの。父も母も、今もずっとそう思ってる……」


律子と会うなと言い続けている父親の顔が、柊の頭の中に浮かんでは消えた。


「親の反対にあうのは、僕たちだけじゃない。それでもみんな支え合って頑張ってるんだ。
ウソをついたり、隠れたりしないで、正々堂々と戦っていこう」

「……」

「逃げたり諦めたりしたら、この先、全てそうなるよ。
最低の思い出を最高の思い出に変えられるんだから」

「そんな日が……来るのかな……」


律子はじっと前を見つめたまま、ポツリとつぶやいていた。

柊は横を向くと、律子の頬にそっとキスをする。驚き顔を合わせた律子を、

そのままベンチに横にしようとする柊。


「……柊、誰か来るわよ、ちょっと、ちょっと!」

「来ないよ。横山先生がそういった」

「でも、でも……」


慌てている律子を見ながら、柊は声を出して笑う。体を押さえていた手を外すと、

律子は慌てて姿勢を戻した。


「冗談だよ、冗談……」

「もう!」


律子は少しだけ笑顔を見せ、真っ赤になり少し熱くなった顔を両手で覆う。


「さぁ、魔法はかけたから、上へ戻ろう。先生待ってるよ、きっと……」

「魔法?」

「そう、お姫様は疲れているから、魔法をかけてくれってそう言われたんだ」


立ち上がり背伸びをする柊。何歩か歩き振り向くと、律子はまだ座っていた。


「律子……行こう」

「……ねぇ、柊」

「ん?」


律子はチラッと柊の方を向き、すぐに視線を下に落とす。


「魔法……、頬じゃ、効き目が薄いみたい」

「エ……」

「……」

「……ったく」


柊はその言葉に、照れ笑いを浮かべ、『くちびるに魔法』をかけるため、

律子の側へ戻っていった。

                                          15 親心   はこちらから



二人の恋の行方は……

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