19 再会の後で

19 再会のあとで




航から預かった『碧い海の絵』を見つめ、聖はこの絵を買った友海のことを考えた。

確かに綺麗な絵だし、魅力的ではあるが、自分がこの絵を見つけたとして、

買うことがあるだろうかと思ってしまう。


「聖、今日は早いんだな」

「今日だけよ。明日からは半期の決算に向けて、データ管理も追い込みだもの。
まだ、集まっていない資料を問い合わせして聞かないとならないし……」


聖の父哲夫は、リビングへ入り、ソファーに座った。

テーブルに置かれた絵を、真剣な眼差しで見つめ始める。


「この絵は……」

「前に言ったじゃない。成島一樹の絵。ほら、航さんが探していた」

「見つかったのか?」


哲夫の驚く声に、聖は自分もそう思ったのだと苦笑した。

30年以上も前に紛失した作品が、ほとんど傷まない状態で見つかる可能性は、

あまりにも低いからだ。しかも、状況から、おそらく新谷家の人間が見つけ、

処分したのではないかと、思っていた点も同じだった。


「ねぇ、パパ。私ね、航さんからこの話しを聞いて、
もし、奇跡にでも絵を見つけるのことが出来るのなら、
それは私だろうってどこかでそう思っていたの、環境的にもね。
でも違った。全くこの絵に関係ない人が、大事に持っていたんだって聞いて、
驚いたのと同時に、少し悔しかったのよ」


哲夫は聖の言葉を聞きながら、同じような気持ちを持った過去を思いだした。

新谷家の姉妹、とりわけ華代子とは趣味も合い、

心のどこかで自分に気持ちを向けてくれるものだとそう思っていたのに、

彼女の気持ちは、全く別の方向へ向かったまま、戻ってくることはなかったからだ。


「この間、海人、一人で『天神通り店』へ行ったんだって。
生意気なパートさんにズバリと言われて、いつもなら絶対にしない仕事を
してきたみたい。その時、海人をやる気にさせたのも……同じ人」


哲夫は絵をテーブルに戻すと、前に座る聖の顔を見た。

幼い頃から海人と並ぶように育ち、いつも海人の背中を押し続けたのは聖だった。

海人を動かせないこと、航の探していたものを見つけられなかったこと、

どちらに対しても、聖の悔しさがにじみ出ている気がしてしまう。


「聖、あれこれ手を出すのもいいが、本当に欲しいものを見つけないと、
知らないうちに何一つなくなることもあるんだぞ。
自分が欲しい物に早く気づいて、自らつかみに行きなさい」

「パパ……」

「遠慮なんてするんじゃない。遠慮していたら、つぶされるだけだ」

「はい……」


聖は返事をしたものの、哲夫がどうして今、そんなことを言うのかが、

よくわからなかった。両手で額をつかみ、もう一度しっかりと絵を見ながら、

自分が欲しい物は何なのかと……、そう心に問いかけた。





次の日から、友海はアンケート用紙を持ち、『天神商店街』へ配り始めた。

夜の散歩は雨の日以外続けられ、気持ちは自然にタバコから遠ざかる。

今では部屋に一人でいても、吸いたいと思うことはなく、

航からもらったキャンディーも、順調に減り続けた。


「あ……友海ちゃん。読んだわよアンケート。ちゃんと書くからね」

「ありがとうございます。ぜひ、協力をお願いします」


改めて話しをしてみると、商店街の人達も、

このままでは客足が減り、店を続けていけなくなるのではないかと、

危機感があることを口々に語った。

そんな友海の様子を、好意的に見る人が多い中、晴弘を囲むメンバー達が、

不満な顔をして集まり出す。


「あの女……。余計なことを始めやがって。何が商店街の活性化だ。
外から来た人間のくせに、勝手なことをするなって言うんだ」

「どうします? このまま黙ってみてますか?」


寝具店の跡取りや、商店街で生まれ育った何名かが、友海が配った用紙を読み、

それを破り丸めるとゴミ箱へと放り投げる。

古くから商店街にいる何軒かは同じように変化を嫌い、

『SI石油』のやり方が気に入らないのだと、晴弘の父親に忠告することもあった。


「どっちの立場が上なのか、わからせないといけないなぁ……」

「そうだよな……」


悪い仲間達に囲まれ、醜い笑顔の前に立つ晴弘の手には、

『SI石油』との専属契約書が握られていた。





晴弘とは別の場所でも、この『天神通り店』の動きに、厳しい目を向ける者がいた。

海人は、和彦がいない時間に、関山を呼びこのアンケートに対しての説明を受ける。

商店街との協力体制を取り、まずは時間制で横の空き地を開放するアイデアは、

以前、自分に対して生意気な口を利いてきた友海のもので、

目の前にオイル缶を置いた時のことを思い出す。

『芽咲海岸店』の売却話は、父と古川議員との間で、着実に進みつつあった。

航の報告書を見た時には、浮き足だった各店舗も、

結局は本社の意向に逆らうようなことはない。

自分なりのやり方でやっていくと、自分の前で宣言した航の仕事が、

あまりにも小さな動きであることに、海人は逆に違和感を持った。


「あ……海人」


廊下へ出ると、大きな袋を持った聖が、向かって来た。

布をかぶせた荷物は、先日、友海から借りた成島一樹の絵だと笑う。


「ねぇ、海人も見てみない? 今日これから『天神通り店』へ行って、
絵を返そうと思っているんだけど、その前に……」

「返す? 航なら午後からこっちに出てくるぞ。
わざわざ『天神通り店』に行かなくても……」

「持ち主は航さんじゃないんだって、飯田さんなの。
借りたんだから、ちゃんと会ってお礼を言わないとね。
航さんに戻しておしまいじゃ、失礼じゃない」


聖の横を通りすぎた海人の足が止まった。

両親の想いが残る絵を見つけた航が、それを取り戻すこともないのだと聞き、

驚きの表情を見せる。


「飯田さんって、あの女か」

「そうよ……。これを持っていたのは彼女なんだって」

「行くぞ」

「どこへ?」

「『天神通り店』だ」


聖は、自分も行こうとする海人の後を追い、一緒に車で向かうことになった。

連休が近いこともあり、遠出する前だからなのか、店はいつもより混んでいる。

海人が信号待ちで前を見ると、店の横空き地を計測する馬場と友海がいた。

そばには『天神商店街』の人間だろうか、楽しそうに談笑する姿が見える。

馬場は、店に入ってきた車が海人のものだとわかり、すぐに帽子を取ると、

車の横に立った。


「専務、どうされましたか」

「たいしたことじゃない」

「店長なら、奥ですが」


助手席に座る聖にも、馬場が軽く頭を下げると、

聖は仕事に戻ってくださいと告げ、自ら車を降りる。

馬場の動きに視線を向けた友海に向かって、聖は軽く頭を下げた。

メジャーを持ったまま立っている友海の元へ、近付いていく。


「飯田さん、ごめんなさいお仕事中に。私もちょっと忙しくて、
絵をお返しするのが遅くなってしまったの」


友海は、直接聖が店へ来るとは思っていなかったので、驚くと同時に、

聖を乗せてきたのが航ではなく、海人だったことに少し安心する自分がいた。

友海は一度メジャーを置くと、聖から絵の入った袋を受け取っていく。


「ねぇ、一つだけ聞いてもいいかしら」

「なんですか?」

「どうしてこの絵、彼に返さないの?」


友海はそう言われて、言葉が出せなかった。

返したくないと思ったことは確かだが、返したくないとゴネたわけではない。

聖の言い方だとまるで、自分が無理矢理奪い取ったのではないかとさえ、

聞こえてくる。


「返さないと言ったわけではありません。
成島さんが、この絵を買った私の所有権を認めてくれただけです」


友海は出来る限り冷静に、しかし、感情を込めずにそう答えた。

ハッキリと主張する友海に対し、聖は慌ててごめんなさいと謝罪する。


「航さんが、本当に真剣な顔をしてこの絵を探していたことを知っているから。
だから、あなたに簡単に渡したことが、信じられなかったの。
でも、そうよね。私が口を出す事じゃなかったわ」

「いえ……」


二人の会話を聞いていた海人は、そばに近寄ることなく、

そのまま店内へ向かった。

馬場から海人が来たことを知らされた店長の溝口が、慌てて頭を下げる。


「今日はどうされたんですか?」

「今日は私用だ、気にしてくれなくていい」


溝口はわかりましたと言いながら、それでもどこか居心地悪そうに見えた。

海人が店へ来ることなど普段はないため、姿を見せているだけで、

プレッシャーになるのだ。

海人は店内に掲示された、アンケートお願いの文面を読みながら、

ここにいない航のことを考える。

金額が一定以上のものになると、本社の決済がなければ動けないが、

予算内でおさまることであれば、各店舗で独自の催し物を開くことが出来る。

逆を言えば本社にあれこれ言われることなく、自由に活動できるのだ。

そのルールを知っている関山や朝戸が、航と共に動き始めているのだと考えた。


少し遅れるように友海と聖が店内に入り、友海はそのまま絵を奥へ持って行く。

聖は海人の横に並び、アンケートの文面を読み始めた。


「ふーん……、動き始めたんだ」

「余計なことだ。こんなことをしたって、何も変わらない」

「そうかしら……」


ロッカーに絵を入れた友海は、奥から戻り、帽子をしっかりかぶり直すと、

海人のそばへ近づいた。まさか自分の方へ来ると思っていなかった海人は、

友海がまた何かを言い出すのではないかと、身構える。


「先日はありがとうございました」


聖が海人の方を見ると、海人は特に反応することなく、

友海にあわせた視線をそらす。

友海は紙とペンを手に持ち、さらに言葉を続けた。


「あの……先日の積み上げ方、教えてもらえませんか?」


それは、友海が海人に手伝いを迫ったオイル缶のことだった。

あれから積み上げたオイル缶は崩れることなく、日々が過ぎているが、

いつ、また同じようなことが起こり、困るかも知れないこと、

他にも用途があり、自分の役に立つのではないかと、

黙っている海人に語っていく。


「自分で出来るようになりたいんです」


聖はさりげなくその場を離れ、別の窓から外を見た。

断る理由もなかった海人は、紙にいくつかの円を描き、

自分がどうやって積み上げたかを説明する。

対角線を上手く使ったその方法に、友海は真剣な目をして、頷き返した。





海人と聖を乗せた車は、『天神通り店』を離れ、来た道を戻っていく。

無言で運転する海人の横顔を見ながら、聖はクスクスと笑い始めた。

海人は、そんな聖の態度に、何がおかしいのかと問いかける。


「彼女、ただ鼻っ柱が強いだけじゃないみたいね。
ちゃんと海人のいいところを見つけて、頭を下げてくれた」

「別に……」

「いつの間にか、彼女のペースに持って行かれているみたい。
だって、前に来た時だって海人は結局オイル缶を積み上げたんだし、
今日もやり方を一生懸命説明していたじゃない」

「一生懸命なんてしていない」

「そう?」


無言の海人と、どこか楽しそうにハミングをする聖を乗せた車は、

少しスピードを上げ、都心の方向へ戻っていった。





20 無言の包囲網
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

海人も悪い人じゃない

聖の複雑な心境。

>「遠慮なんてするんじゃない。遠慮していたら、つぶされるだけだ」
そしてこの言葉、成る程!

動き出す小さな力、それを阻止しようとする力。

『天神通りの悪』って感じの仲間ですね。
痛い目にあわせたい!

動き出す力

yonyonさん、こんばんは!

>動き出す小さな力、それを阻止しようとする力。

はい! 色々な力が動き出します。
嫌な人達も、いい人達も。

『心』を動かす力は、どんな力なのか、
このままおつきあいください。
いつも、ありがとうね。

揺れる商店街

yokanさん、こんばんは!

>商店街とひと悶着ありそうですね。
 きっと、ろくなこと考えないんだろうね(ーー;)

考えないんだろうね……うん。

聖パパの言葉は、これから先に意味がわかる……のではないかと。
色々気にしながら、さらに続きもおつきあいください。