14 恋ごころ(2)

14 恋ごころ(2)


日向さんの最初のロケ地は和歌山だった。

今でも林業が盛んな土地で、舞台になる相良家は、その業界を仕切っている家系だ。

和歌山県の観光協会が全面バックアップのため、

観光地を巡ってのポスター撮影も、順調に進んでいるようだった。



『空気が違う気がする。朝起きると、まずは何度も深呼吸をするのが癖になった』



毎日送られてくるメールと、事務所に届く撮影スケジュールなどで、

私は日向さんの今を知った。

会えないのはやはり寂しいけれど、でも、頑張っている姿は十分想像でき、

出発前の不安な気持ちも、忘れていられるくらい熱中しているのが、

とても嬉しく感じられる。


「前島さぁ~ん」


保坂さんのマイペースさは、レッスンが始まって1週間しても全く変わりがない。

同じような口の動かし方の練習と、音階の練習に、開始から10日後、事件が起きた。


「はい……あ、大森先生、お世話になっております。エ……、保坂がですか? 
いえ、今日がレッスンの日であることは、本人わかっているはずですが。
いえ……はい、すぐに」


保坂さんは、先生や事務所に連絡することなく、その日初めてレッスンを欠席した。

私はすぐに携帯へ連絡を入れるが、

『電源が入っていません』の言葉が繰り返されるだけで、本人が出てくることがない。

私は、事務所で仕事をする佐藤さんに話し、すぐ保坂さんが住むマンションへ向かった。

慣れない一人暮らしに疲れが出て、もしかしたら寝込んでいるのかもしれない。

電車を降り、マンションまで走ると、すぐにオートロックの番号を押してみる。

何度か押しても、保坂さんが出ることはなく、どうしようかと思っていると、

左の方から、ビニール袋を下げ、ハミングをしながら歩いてくる保坂さんが見えた。


「保坂さん!」

「あ……前島さん」


8畳のワンルームは、足の踏み場がないような状態で、

あちこちに洋服や雑誌が散乱していた。

保坂さんは足で荷物をよけ、私が座る場所を作り出すと、

小さなクッションを置いてくれる。


「どうぞ」

「どうぞじゃないでしょ。どうして連絡も寄こさないの。大森先生、心配してたのよ」

「あ……起きたら時間が過ぎてたんです。なんだかかっこ悪いじゃないですか。
寝坊したって言うのも。だからどうしようかな……なんて考えながら、
買い物に出ちゃいました」


私はとりあえず携帯で大森先生に連絡をいれ、保坂さんに謝らせ、

あらためてレッスンの予定を入れてもらった。

大森先生は、今時の子供たちはこんなのが多いのよと、甲高い声で笑い、

なぜか保坂さんと意気投合するように話しこんでしまう。





真面目にここまで走ってきた私が、どこかおかしく見えた。





「あさって、日向淳平、オフなんですよね」

「エ……そうなの?」


思わず本音が出てしまった。

私の驚き顔に、保坂さんは、スタッフなのに何も知らないんですねと笑ってみせる。

携帯電話でネットのサイトを呼び出すと、信じられないくらいの細かい内容が、

書き込まれ、情報として流れていた。

日向さんがレストランでどんなメニューを食べたのか、

撮影が終了してから、吉野ひかりさんと話し込んでいたこととか、

ホテルのラウンジに来てスタッフと飲んだお酒のことまで、

誰が流しているのかと思えるほど、細かい内容になっている。


「こんなに……チェックしてるんだ」

「そりゃそうでしょ。関西のファン達が、みんなで差し入れしているそうですよ。
ねぇ……事務所からも差し入れ行きましょうよ。私、行きますから」

「ダメ! 保坂さんにはレッスンがあるでしょ!」

「……ケチ」





ケチじゃない。





私だって、会わないことを約束しているのに、

関係のないあなたに、会いに行かれてはたまらない。

このグルグル回っている空気を入れ替えようと、私は大きな窓を開け、

落ちている洋服を次々に洗濯機に放り込んだ。





日向さんの和歌山ロケも、3週間が経過し、乗馬のシーンが無事に終わりそうだと

昨日メールが届いた。一緒に頑張ってくれる仲間だと、馬の写真がついてくる。

毛並みの綺麗な、どこか品のありそうな馬。

日向さんの相棒だと思うと、なんだか頭を下げたくなってくるから不思議だ。

『天然系新人類』保坂さんのレッスンも、なんとか前に進み、

今日は3時にレッスンを終え、事務所に来る予定になっていたが、

4時になっても姿は見えず、また何かしでかしたのではないかと、

心配な気持ちが増していく。


その時、事務所のFAXが動き出し、1枚の紙がハラリと落ちた。

大森先生から何か連絡かと、その紙を取ると、同時に事務所の電話が鳴る。


「はい……」

「もしもし、史香か」

「はい……」


電話は田沢さんからで、どこか慌てている雰囲気が伝わった。

拾った用紙は、会見の申し込みと書かれたもので、何かが起こった予感がし、

私の心は動揺する。


「今からテレビ局の連絡とかが入るだろうから、
とにかく、こちらから会見をしますので、お待ちくださいとそれだけを言ってくれ」

「会見? 何かあったんですか」

「……淳平が……落馬して病院に運ばれた」


手から変な汗が出てくるのがわかり、私は懸命に自分を落ち着けようと呼吸をした。

田沢さんはたいしたことはないと何度も繰り返すが、

『落馬』の2文字が、頭から離れなくなる。


「田沢さん、日向さんは、あの……」

「会見は夕方6時から、私と『紀伊総合病院』の服部先生が行う。
会場の設定とかがあるから、とりあえず連絡を待てと……」

「日向さんは、大丈夫なんですか? 頭を打ったとか、足を折ったとか……」

「それと、明日こっちで取材を入れてあった『ピピ』の森編集長に連絡を入れてくれ。
詳細は田沢が報告しますのでと……」

「日向さんは……田沢さん」

「史香! 聞いてるのか! あぁもう、お前じゃダメだ。誰か他のに代われ!」


田沢さんは声を荒げて、電話を代わるように指示をした。

受話器から聞こえた声に、前にいた佐藤さんが、すぐに代わってくれる。





私は、仕事モードでいられなくなった。





事務所の一員としては、これからのことをしっかり考えないとならないのに、

何もかも吹っ飛ばして、このまま和歌山へ行きたいとそう思ってしまう。

個人的に会うことは避けると約束したのに、

それでも顔を見て、そばにいたいと心が叫びだす。


「はい、わかりました。すでにマスコミ各社からFAXが入ってます。はい……」


目の前の佐藤さんは冷静にメモを取り、電話を切るとすぐに動き出した。

すると私の携帯が鳴り出し、もしかしたら日向さんじゃないかと、慌てて受話器をあける。


「はい……」

「あ、前島さん。私、保坂です」


電話をかけてきたのは、保坂さんだった。

正直、日向さんのことで頭がいっぱいになり、彼女がここへ戻ってこないことなど、

どうでもよかった。


「今から、畑山宗也に会いに行ってきますね」

「エ……」

「今日、レッスンを一緒にした女の子が、スタジオに行くそうなんです。
だから私もいって、彼に会って来ます」

「保坂さん……ねぇ、ちょっと」

「わかってますよ、未成年ですからね。食事に行っても、お酒は飲みません! じゃ!」


電話はあっさりと切られ、私はただ呆然とした。

目の前でFAXの紙をまとめていた佐藤さんに、どうしたのかと問いかけられ、

少し混乱していた気持ちが、元の場所に戻ってくる。


「畑山宗也って、今日、どこで仕事でしたっけ」

「どうしたの?」

「保坂さんが、レッスンで親しくなった子が、
今日、畑山宗也と食事に行くとかなんとかで、自分もついて行くって」

「それまずいでしょ」

「ですよね……」


まだ、研究生の身でありながら、勝手にスタジオに出入りし、

しかも、俳優と交流するなんて、畑山さんの事務所に何を言われるかわからない。

私はすぐに保坂さんへ折り返しの電話を入れたが、彼女が出てくれることはなく、

慌ててスケジュールを調べて、畑山さんがドラマのリハーサルをしている

MMBへ向かうことにした。

佐藤さんは日向さんの事故の対応を始めているのに、

そんな中で、わがままな新人未満に振り回される自分が情けなく、

駅で電車を待つ間に、悔しさで目が潤みだす。



遠くに新幹線が見え、それに乗って和歌山へ近づきたいとそう思った。

日向さんの怪我は、どんな状態なのだろう。





お守り……あんなにお願いしてきたのに、役に立たないなんて……





個人的な感情を目一杯おさえ、スタジオへ向かったはいいが、

予定外の人間は、簡単に中へ入れない。

私は他のタレントの仕事で、中に入っている米原さんの携帯へ連絡を入れ、

今日のこのいきさつを必死に語った。


「すみません、ご迷惑をかけます」

「いえいえ……。全く、困った研究生だね」

「そうなんです」


私は、日向さんから何かメールでも入っていないかと、

何度も携帯を開いては確認したが、メールの印がつくことはなく時間だけが過ぎていく。


「淳平のこと?」

「あ……はい。田沢さんから電話が入って、どうなっているのか、全然わからないから」

「あぁ……さっきね、田沢君からメールをもらったよ。
淳平、落馬したけど意識はしっかりしているし、打ち身くらいで済むだろうって。
撮影終了後に落ちたみたいだから、医者のOKが出次第、こっちへ戻ってくるみたい」


米原さんから聞いた状況は、私の携帯には全く入ってこなかった。

確かに、田沢さんは日向さんのチーフマネージャーで、

米原さんはその次に近い存在だと言っても間違いはない。それでも……。





私だって、何も手につかなくなるほど心配しているのに……。

なんだか自分だけのけ者にされたようで、悔しい気持ちだけがわき上がる。





新人見習いなんて畑山さんにひっかけられて、どこに行ったって本当はかまわない。

そんな憎らしい気持ちにさえ、心が傾きそうになる。


「そうなんですか。私、何も教えてもらえなくて」

「田沢君も焦ってるんでしょう。責任者として行っているし、
淳平のメイン仕事は映画でも、雑誌の取材とかいろいろなところに迷惑をかけるから」

「そうですよね」

「史香、そんなに心をガチガチにしちゃダメだよ」


米原さんは、一つ一つの出来事にこだわったりするなと、そう忠告してくれた。

確かに、これから記者会見があり、今聞いたことはブラウン管や、

明日の新聞記事で知ることが出来るだろう。でも、私は……。


「和歌山へ行ったら、まずいんですよね」

「ん? そりゃまずいでしょう」

「ですよね」


それでなくてもマスコミが病院を囲み、日向さんと話すことなど出来ないだろうと、

米原さんは、差し入れされたお菓子を私に勧めてくれた。


それでも私はあきらめきれずに、何も印のつかない携帯電話を、

何度も、何度も確かめた。






15 恋ごころ(3)


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コメント

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きゃあ@@

ええ?!

落馬と聞いてPCの前で叫んでしまったじゃないですか@@
大丈夫かしら?!
史香と一緒におろおろしてます~
和歌山へ行かせてあげたいね~

Σ(゜□゜;)おっつ!


こんにちは!!

天然新人類、今度は何をしでかしたのやら…(・.・;)

そんな時に淳平くん落馬の知らせって
ネガティブ思考にもなりますよね。

 新幹線に飛び乗らず
米原さんに連絡取ってよかったよ…だよね?

淳平くんと史香、史香と天然ちゃん、どうなる?


続き、楽しみに待ってます。(≧∀≦)


では、また…(^.^)/~~~

天然爆弾!

相変わらず無自覚な天然振りを発揮する新人類@@

早速爆弾を落としてくれちゃったね~
なのにこんな時に限って起こる不慮の事故!!!

同じ事務所の人間としてこんな時こそ冷静に対処するのがプロなんだろうけど、
大切な恋人が落馬だもん
オロオロしちゃっても仕方ないよね~

米原さんから淳平の様子を聞けたけど
返って遣り切れない思いになる史香

落ち着いて新人類の落とした爆弾処理ができるかな?

淳平の怪我も気になるけど史香の心が心配だわ~~

無事を祈るだけ

相変わらずのボケ新人、困ったもんだ・・・

「あんたに振り回されている場合じゃないのよ!」
と叫びたいのをグッと堪えて、偉いぞ、史香。

何も言ってこないのは心配させない為なのか?
でもかえって気になって仕方がない
自分の目で確かめなきゃね~~。

行きたくても行けず

れいもんさん、こんばんは!

>落馬と聞いてPCの前で叫んでしまったじゃないですか@@

あはは……叫んじゃったんですか?
そうか、でも落馬だしね。
史香も側に行きたいところですが、そうも行かず。

さて、どうなることかと想いながら、
次回をお待ちください。

史香の災難

mamanさん、こんばんは!

>天然新人類、今度は何をしでかしたのやら…(・.・;)

元々、社長のご縁で入ってきた新人ですからね、
お気楽な女の子なのです。

淳平のことも気になりつつ、どうにかしないとならない
仕事も目の前にある史香。
さらなる展開は、次回へ続きます。

ご、ご理解を!

yokanさん、こんばんは!

>今回はイラつく内容だわね(笑)

あはは……まずい、yokanさんが(笑)
史香は見習いのため、成長途中だと思い、
大きな、広いお心でお願いします。

えっと、新人類さんも……成長だと……。

さらなる展開は、次回で!

淳平の連絡

パウワウちゃん、こんばんは!

>同じ事務所の人間として
 こんな時こそ冷静に対処するのがプロなんだろうけど、

そうなんですよね。
このオロオロぶりに、田沢から雷を落とされた史香です。

>米原さんから淳平の様子を聞けたけど
 返って遣り切れない思いになる史香

自分にはなぜ、連絡がないのか……という想いが、
史香の中でもやもやしてるんでしょうね。

新人類の暴走を止められるのか! は、3話へ続きます。

我慢、我慢

yonyonさん、こんばんは!

>「あんたに振り回されている場合じゃないのよ!」
 と叫びたいのをグッと堪えて、偉いぞ、史香。

うん、それを言ってしまったら、即辞表になっちゃうよね。
しかし、連絡がないのは、気になるわけで。

どうしてなのか……は、次回へ続きます。