20 無言の包囲網

20 無言の包囲網




普段どおりの朝、美鈴は自転車を止め、裏口から店へ入ろうと扉に手をかけた。

そこで聞きたくない声に、呼び止められる。

仕方なく顔を向けると、『白い軽トラック』が視界に入り込み、

セルフの場所で珍しく給油をするボンボン、晴弘がいた。


「おはよう、美鈴ちゃん」

「おはようございます」


美鈴が最低限の挨拶だけ済ませ、その場を離れようとした瞬間、

晴弘は聞き捨てならない言葉を口にする。

100メートル先に後から出来たライバル店と、『天神商店街』が、

専属契約を結ぶかも知れないという、予想外の話しだった。

『天神商店街』と『SI石油』は、もう10年近く専属契約が続いていて、

それはライバル店が出来てからも、変わらなかったのだが。


「どういうこと?」

「ボンボンが言うには、うちが『天神商店街』を軽視してるって」

「軽視? 意味が分からないな」


美鈴はチーフの馬場が出社してから、晴弘が言った言葉をそのまま告げた。

その話しを側で聞いていた同じスタッフの柿下は、

もしかしたらと言いながら、小さな声を出す。


「アンケートのことですよ」

「アンケート? あぁ、あの商店街の?」

「はい。晴弘さん達、飯田が商店街を回って、
アンケートの協力をお願いしているのが気に入らないみたいなんです。
……というか、あの一件以来、晴弘さん、飯田のことを嫌っていて……」


あの一件と言うのは、『天神商店街未来の会』と理由をつけ

集まった飲み会のことだった。

気に入った美鈴に迫る晴弘に、友海が文句を言い出し、

最終的には別の場所にいた航までもが顔を出し、

晴弘のプライドはズタズタにされたのだ。

アンケートを取り協力を願う友海の後ろに、航がいることもわかっている晴弘は、

『天神商店街』会長の息子だという地位を利用し、

あらたな嫌がらせを仕掛けてきた。


「でも、本当に『天神商店街』があっちについたら、まずいですよね」

「まずいなんてものじゃ済まないぞ。売り上げ激減だよ」


美鈴は、馬場と柿下の会話を聞きながら、

また友海に何か悪いことが降りかからなければいいがと思い、ロッカーを閉めた。





始めは、半信半疑だった『天神通り店』だったが、

ボンボンから話しを聞いて以来、協力的だった商店街の人々の態度が、

あからさまに変化し始めた。アンケート用紙はパッタリと集まらなくなり、

空き地を駐車場にとの計画についても、話し合いの席に出てこなくなる。


「なんだか、金物屋さんも、精肉店も、今日は都合がつかないって」

「そうですか」


唯一顔を出してくれたのは、友海に商店街の改革をした方がいいと言ってくれた

文具店の奥さんだけで、本社から朝戸を連れてきた航は、プリントを前に置き、

状況が思ったよりも深刻なのだと理解し始める。


「全くさぁ、本当にあの男、最低な男だよ。
たとえ石油を掘り当てたって、絶対に、話しも聞いてやらないんだから」

「うん……」


『天神商店街』のことは、友海の耳にも入っていた。

ボンボン晴弘が、自分に対して腹を立てていることもわかっていたが、

自分に非などまるでなく、謝る必要などないとも思っていた。

しかし、せっかく前向きに進めようとしている航の邪魔をしている気がして、

気分だけが少しずつ重くなっていく。


経営者一族の中に入っているとはいえ、航は家を飛び出した娘の残した息子、

しかも、専務である海人は、航のことをよく思ってはいない。

絵を見つけた時に語ってくれた話から、航が微妙な立場にいることは、

友海にも理解できた。


もし、本社の動きと関係なく、計画した話しが失敗したら、

今以上に、会社で辛い立場に追い込まれるのではないかと、

雑巾を持つ手に力が入った。





「参りましたね、全く、愚かな商店街だ。こんな意固地になっていたら、
進むものも進まなくなる。今まで発展できなかった理由が、分かる気がします」


いつもは冷静な朝戸が、『天神商店街』の変わり身に、不満の声を漏らす。

航は、それぞれが生きていくことに必死なのだと言い、朝戸の肩を軽く叩いた。

奥から店へ出て行くと、心配そうな友海の顔が目に入る。

航は出来るだけ落ち着いた笑顔を見せ、先日は絵を貸してくれてありがとうと、

話しを振った。


「聖さんからもお礼を言ってくれって」

「いえ……」


航は、晴弘がなぜ、嫌がらせをするのか、友海も気付いているのだろうと、

表情からすぐに悟った。誤魔化すようなことを言うよりも、

正直にぶつかった方がいいだろうと、現状を語る。

話し合いに来てくれたのは文具店の奥さんだけで、

あとのメンバーは用事があると言って欠席したこと。

こちらと会長との板挟みにあっていて、みんなどうしたらいいのか迷っていること、

航は出来るだけわかりやすく友海に伝えていく。


「どうしたら、うまく行くんですか?」

「それは今すぐにはわからないよ。
ただ、こちらとしてはきちんと順を追うだけで、
『天神商店街』を軽視しているなんてことがないことは、わかってもらわないと」


航から見えた友海の顔は、明らかに落ち込んでいた。

もっと優しい言葉をかけてやらなければと思ったが、

その言葉は心の奥に沈めておく。


「飯田さんも、自分のことになると、結構落ち込むんですね」


友海はその航の言葉に、すぐ顔を上げた。

土手で自分が言ったことと同じ内容を、今、返されている。


「追い込まれた顔をすると、向こうが笑うだけです。
しっかり前を見ていればいい、大丈夫だ」


何か有効な手立てがあるのだとは思えなかった。それでも、

航が『大丈夫』と言ってくれただけで、友海の心から、大きな重しが外れていく。


「正しいことをしているものが、惑わされてはいけない。堂々と構えていればいい」


今できる、精一杯の励ましなのだと、友海はしっかりと頷いた。





しかし、事態は航の思う方向へは進まなかった。

『天神商店街』の集会所で、ライバル店の説明会が開かれると、

多くの店主達が集まり、話しを聞いた。その話しはすぐに馬場達の耳に入る。

昼休憩を取った馬場は、柿下を連れ、晴弘の元へ向かい、

自分たちがどう動いたら状況が元に戻るのかと、問いかけた。


「飯田……ちょっと」


店へ戻って来た二人は、洗浄機の掃除をしていた友海に声をかけ、奥へ入った。

たった今、晴弘のところへ行き、状況を聞いてきたのだと言い始める。


「なぁ……お前、晴弘さんに頭、下げてくれないか」


馬場は、『SI石油』が商店街会長である宮田家を無視し、

改革案を募ったことが気に入らないのだとそう言ったらしく、

そこをなんとかと頭を下げた馬場に、謝るべき人間が違うと言い始めた。


「あの飲み会でさ、晴弘さん、恥をかかされたことを未だに根に持っているんだよ。
この商店街で生まれ育って来たから、商店街の中で恥をかかされたことが、
どうにも我慢ならないって。お前が直接どうのこうのって言ったわけじゃないけど、
どう聞いていても……なぁ……」

「うん……。ようは飯田に頭を下げさせたい……ってことがわかった」


友海は下げていた両手を強く握り、唇を噛みしめた。昔と同じだった。

正しいことをしている人達が追い込まれ、地位と権力を振りかざし、

自分のエゴを通そうとする者達が、当然のような顔をする。


「嫌です、私が謝る理由なんてありません」

「飯田……」

「だって、あの飲み会は、未来の会でもなんでもなかったじゃないですか。
あいつは美鈴を狙っていただけで、美鈴をホステスみたいに扱って、
どうせ、うちの店の連中は、俺には逆らわないんだって、
そういう顔をしていたんです。それなのに、どうして私が謝るんですか。
あの時も、今も、私は間違った事なんてしていない!」


友海が怒るのも当然だと、馬場は何度も頷いた。

しかし、現実は現実で、『天神商店街』が専属契約を打ち切れば、

12店舗の売り上げトップはおろか、

ライバル店につぶされることになるかもしれない。


「この店がきちんと存在してこそ、改革があるんだぞ。
成島さんが本社にいられなくなるかもしれないんだ」


航の名前が飛び出し、友海の心臓が大きく動いた。

改革を進めようとしているのは彼で、もし、それが失敗したら、

確かに立場も難しくなるだろう。


「店長が言うには、成島さんがやっていることを、社長も専務もよく思っていない。
失敗したら、追い込まれる。こうして、俺たちの中に入って、
一緒に汚れたユニフォームを着て、トイレの掃除までしてくれた。
その人を追い込んでもいいのか」


友海の目の前に、そこにはいない航の笑顔が浮かんだ。

お節介ではあるけれど、人を思い、親身になってくれた。

父親が描いた大事な絵を見つけたのに、何も語らなかった友海の心の奥を読み、

取り上げることもしなかった。


友海は、自分の意地が、航の道筋を邪魔するのだろうかと、大きくため息をついた。

古い飾り時計が、カチカチと時を刻む音だけが、事務所内に響く。


「……嫌です」

「飯田……」

「私は絶対に謝らない!」


そう言い切ると、友海は事務所を飛び出し、土手へ向かって走り出した。





21 組織か人か
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

ガキか?

自分達が間違っているのに、謝らなければ取引を止める?

大人じゃないね~子供より始末が悪い。

馬鹿につける薬は無い。
一発ギャフン(フル!)と言わせたい。

商店街の将来を真剣に考えろ!

挟まれた友海

yokanさん、こんばんは!

>正しいことは押し通したいけど、
 航さんが追い詰められることになると考えると・・・
 友海ちゃん、つらいね~。

あの飲み会からのこじれた関係が、
どんどん周りを巻き込んで、大きくなっています。
まぁ、大きくしているのは、あちらなんですけど。

全く子供のまま、ただわがままな男達。
さて、友海と航はどうなるのか。
うーん……と悩みながら、続きもおつきあいくださいね。

子供より子供

yonyonさん、こんばんは!

>大人じゃないね~子供より始末が悪い。

そうなんです。子供なら悪事を考えないけれど、
子供じゃないから、始末が悪い。
どうしようもない、人達です。

>商店街の将来を真剣に考えろ!

そうだ、そうだ!

ああピンチ!!!

絶対に謝らない!
と言った友海に拍手ヾ(⌒⌒ )ノ彡☆ばんばん!

ぼんぼんはやっぱり器が小さい。
見栄や体裁だけで人を押し潰そうとするんだね。
商店街の人たちも・・・ぼんぼんの風向きばっかり気にしているし。

人の上に立って、まとめていける人じゃない。
こういう人が一人居るだけで迷惑。

でも。航のことも関係してくると・・・つらいね。
さあ。どうする!

狭い人たち

tyatyaさん、こんばんは!

>ぼんぼんはやっぱり器が小さい。
 見栄や体裁だけで人を押し潰そうとするんだね。

その場所でしかものを見られない人って、
結構、いるような気がします。
新しいものが入ることを拒んだり……。
まぁ、ボンボン達は、またさらに輪をかけてますけど(笑)

航のことが関係しているので、
友海も意地を張りながら、辛いところなんです。
さらに、続きます。