15 恋ごころ(3)

15 恋ごころ


米原さんはスタジオへ向かい、私は畑山さんの楽屋へ続く廊下で、保坂さんを待った。

電話をもらってからすぐにこっちへ向かえば、とっくに着いているはずなのに、

彼女の姿は見えない。


「お疲れ様です」

「あ……お疲れ様です」


撮影を終えた畑山さんが、私の前を通り過ぎる。

すぐ斜め後ろを歩くメガネのスーツ姿は、彼のマネージャーだ。

田沢さんは、『メガネザル』と言って、よく悪口を言っているが、

彼の目つきは鋭く、そんなにかわいくないと私はいつも思っている。


「あ、ねぇ、淳平、落馬したんだって? で、どうなの?」


なんという情報の速さなんだろう。

まだ、正式に発表されていない日向さんの落馬事故を、

スタジオに缶詰になっているはずの畑山さんは、しっかりと知っていた。

私は、詳しいことはわからないですが、たいしたことはなさそうですと、

無表情で答えておく。


「ふーん……。あいつは話題作りがうまいよね。
年末は、過去のキャラでかっさらったし、今度は事故で、注目を浴びるのか……。
俺も何か考えないと、まずくない?」


人の顔をのぞき込むようにした畑山さんから、目をそらし玄関の方へ向けると、

キョロキョロとあたりを見回しながらこっちへ向かってくる、

『天然系新人類』保坂さんが目に入った。

私は軽く畑山さんに頭を下げ、腕をつかむ。


「うわぁ、前島さんも来たんですか?」

「来たんですかじゃないの。帰ります。事務所に戻るようにそう話してあったよね。
どうして勝手な行動をするの?」

「勝手って。だって、畑山さんと食事するなんて、滅多にないじゃないですか。
前島さんに頼んでも、全然日向淳平と会えないし……」


保坂さんと一緒に来た女性は、挨拶だとばかりに畑山さんと手を合わせたり、

同じリズムで軽いダンスのようなことをしていた。

同じ芸能事務所でも、雰囲気は全く違い、

私は畑山さんの『サウンドプロダクション』では、絶対に長続きしなかっただろうと、

一瞬でそう感じてしまう。


「あなた前島さんって言うのか。何度か名前を聞こうと思っていたのに、
いつも淳平が連れて行っちゃうからさ、聞けずじまいでした。
そうだよ、堅苦しいこと言わずに、一緒に行かない? 食事だよ、
別にホテルへ行こうって言っているんじゃないんだしさ」


一緒に来た女の子は、そんな冗談に、自分ならホテルでもついていくと笑顔で答えた。

その返事を受けた畑山さんは、もう少し胸のサイズが大きくなってから言ってこいなどと、

笑いながら話している。

日向さんだったら、こんな冗談は決して言わない。

いや、田沢さんが一緒にいたら、絶対にこんなことにはならない。

畑山さんのマネージャーは、何をしているんだろう。

タレントにこんな態度を取らせていて、いいんだろうか。

私にはどうでもいいことなのに、変なところでマネージャー意識が働き、

楽屋にさっさと入った、さっきの『無表情なメガネザル』が気になってしまう。


「とにかく、うちの保坂は連れて帰ります。畑山さんとの食事は、
しっかりレッスンを終えて、同じ芸能人となってからお願いします」

「エ! 前島さん!」

「一緒に帰ります!」


私の剣幕に、さすがの『天然系新人類』保坂さんも覚悟を決め、

その日はスタジオをあとにした。駅につき時計を見ると、すでに6時を回っていて、

田沢さんと病院側の会見は始まったはずだ。

日向さんが事故にあったと聞いてから、私の心はそこに引っ張られたまま、

気持ちとは全然違う場所で動いている。


「保坂さん、日向さんが怪我をしたんだよ。
事務所はいろいろと忙しいんだから、少し行動を慎んでくれないと……」

「あ、それなら、ちゃんと情報入ってますよ」

「は?」


保坂さんが開いた携帯電話には、

和歌山のロケを見学していたファンたちからの書き込みが、何分かおきに残されていた。

落馬した後、一緒に馬を併走させていた吉野さんが慌てて降り、

すぐに日向さんのところに駆け寄ったこと。

スタッフが騒然とする中、救急車が到着し、現場近くにいたと主張した吉野さんが、

一緒に救急車に乗って病院へ向かったこと。

田沢さんの会見で、脳や骨には異常がなかったものの、打ち身などを完治するため、

3日の入院後、東京で少し検査入院することなどが語られたようだった。





どうして私、こんなところで、こんなふうに情報を知るんだろう。





どうして私じゃなくて、吉野さんが日向さんのそばにいるんだろう。





電車に乗った後も、保坂さんと話す気持ちにはなれずに、

目的地につくまで、ずっと外ばかりを眺めていた。





事務所に戻ると、佐藤さんが何枚ものFAXの対応と、

ファンからかかってくる電話の応対にめまぐるしく動いていた。

私はすぐにそこへ参加し、とりあえず各テレビ局へ、

病院の先生が話してくれた診察結果をFAXする。


「今、事務所のホームページに関しては、更新をお願いしておいたから」

「あ、そうですね。しっかりそこに告知しておかないと、
いつまでたっても仕事が終わらないですし」





その日の帰宅は、終電ぎりぎりになった。





毎日、日向さんからロケの様子を撮影したメールが届くのが当たり前だった。

その日付が3週間を重ね、今日で途切れてしまう。

たった一言、『心配するな』と送ってくれたら、

私のこのもやもやは一気に晴れるのに、

何度か『会いたいです』と打ち込み、送信することなく、削除する。





ただ……日向さんがこの瞬間、痛みに苦しむことなく、過ごせているように……





それだけを願いながら、鳴ることのない携帯電話を、握りしめて眠った。





次の日、目覚めてすぐにテレビをつけ、報道されるニュースを見た。

日向さんの入院した病院の壁が、クリーム色であること、

建物は少し古めだけれど、中庭の緑が映えて少しおしゃれな雰囲気があること、

少しでも細かいことを知りたくて、見えない場所も見ようと、必死になる。


女性レポーターは、日向さんがしっかりと意識もあって、昨日はぐっすり眠ったこと、

今朝は食事も取れそうだと、田沢さんが話していることなども付け加えてくれた。

それならば安心できると仕事に向かう準備をし始めると、

スタジオにいたコメンテーターが、『ここだけ情報』として、

病室には吉野さんが入っていたことを話し出す。


二人が何度も競演し、実際にも兄妹のように仲がいいこと、

それはスタッフたちも認めていることなど、この事故とは別の話が取り上げられ、

無責任な人たちによって、なぜか盛り上がる。



『僕はそんなふうに誘われたことはない』



『ひよどり姉妹』さんと地方営業へ出かけたとき、

日向さんはタクシーで1時間かけ、私に会いに来てくれた。

その時の言葉を信じているし、疑わないとならないようなことは、何もない。

でも、たった1回の連絡が、出来ないのだろうかと、私はまた悲しくなった。





昨日、日向さんの事故で出来なかったため、今朝は一番に保坂さんを呼び、

事務所で報告書を書かせることにした。

社長は今日の午後、ニューヨークから戻る予定だ。


「知ってます? 前島さん」

「何?」

「日向淳平、やっぱり吉野ひかりとデキてるみたいですよ」


また勝手な噂話に惑わされるなと忠告し、私は各新聞の記事を切り抜き始める。

保坂さんは得意げに携帯を取り出し、だったら証拠を見せましょうと

なにやら不鮮明な画像を呼び出した。


「何? これ」

「これ、日向淳平の病室です。どうも看護士なのか職員なのか、
隠れて撮ったものらしいんですけど、ほら……このベッドの横に座っている人、
吉野ひかりでしょ? 顔はハッキリ見えないんですけど、
昨日、落馬事故の時に着ていた衣装と同じじゃないですか」


確かに写真はぼやけていて、日向さんの顔も、吉野さんの顔も確認は出来なかったが、

鮮やかな赤のワンピースが、この女性が吉野さんであることを、間接的に教えてくれた。

時間は午後7時過ぎを示していて、田沢さんの記者会見後も、

二人は一緒にいたことになる。


「病室ですよ、それも二人っきりで。
前からあの演技は演技じゃないと思ってましたけど、そうか……そうだったのかって。
私、ちょっとがっかりです。吉野ひかりじゃ、相手になりそうもないし……」


あの白い肌に、さぞかしこの赤いワンピースが似合うことだろう。

背もあまり高くなく、スタイルもよくない私には、とうてい着こなせる服じゃない。

病院の中を彼女が歩けば、ものすごい注目ぶりだったはずだ。


それでもきっと、何か意味があった。

どうしても話しておかないとならないことがあったはず。





……どうしても話しておかないとならないことって、なんだろう。





私には、連絡すらくれない日向さんが、

病室の中にまで吉野さんを入れる理由は、なんだろう。





この小さな脳みそでは、納得できるような答えが出せないまま、

時間だけが過ぎていった。





気持ちの重たいまま一日を終え、家につくとそのままベッドに飛び込んだ。

不鮮明なあの写真が、逆に変な空想を膨らませる。





おかしいなぁ……。

人を好きになることって、こんなに辛く寂しいものだっただろうか、

自分以外の人の幸せを願う気持ちって、こんなに苦しいものだっただろうか。


天井を見上げたままじわじわ浮かぶ涙を放っていたら、携帯電話が鳴りだした。

私は左手で受話器をあけ、小さな声で返事をする。


「はい……」


『史香?』


「日向さん……日向さんですよね」


『あぁ……連絡しなくてごめん。心配しただろ』



体を起こし、受話器をしっかりと耳に当てた。

日向さんの声を、少しも聞き漏らしたくはない。話したいことはたくさんあった。

落馬事故のことを心配したのはもちろんだけど、私にもこの何日かの中で、

いろいろな出来事が起こった。


『明日、東京へ戻れることになった。
とは言っても、まだ病院に入らないとならないんだけどね』

「病院……行ったらダメですか?」

『よせって。マスコミがウロウロしてる。こっちでも田沢さんがピリピリしていて、
携帯電話もずっと取り上げられたままだし。今も、待合室の公衆電話なんだ。
ずっと、病室に缶詰めだよ。人に会うことも出来ない』


私の頭の中を、またあの赤いワンピースが通り過ぎた。

少し放っておかれた悔しさなのか、自分でも気づかないうちに言葉が飛び出してしまう。


「吉野さん、病室に行ってましたよね」

『……ん? あぁ、うん』


吉野さんの名前を出し、病室へ入っていたことを告げると、

日向さんの声のトーンがすぐにわかるくらい下がってしまった。

まるで指摘されたことが不満なのかと思えるくらいの対応に、

私はさらに念押しをしてしまう。


「どうしてですか? どうして……」

『何でそんなことを聞くんだよ。ひかりが病室に入っていたからなんなんだ』

「なんなんだって、どうしてそんな言い方するんですか」

『史香は芸能記者? 必要だから来てもらったんだ。ひかりは特別だ』


私が言葉を挟むまもなく、日向さんの電話はそのまま切れてしまった。

仕事のことで、確かに来てもらわないとならなかったのかもしれない。

それでも、言ってほしくなかった。





『特別だ』という言葉は……。





私はまた、受話器を閉じると、そのままベッドに顔をうずめた。






15 恋ごころ(4)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
励ましの1ポチ、よろしくお願いします。(人・∀・)オネガイ・*:..。o○☆*゚


コメント

非公開コメント

不安だよねえ~

携帯取り上げられてるのに
こうして公衆電話でかけてくれる淳平を信じなくちゃ!

それにしても、すごいな、淳平。
ちゃんと史香の番号覚えてるんだね~
愛の力があって若ければ覚えられるか。。
変なところに感心してm(__)m

それから、追っかけさんはどこにもいるんだねえ。。

とにかく!史香の不安を取っ払ってあげたいわ~

どこにでもいる追っかけさん

二話連続で読めたのはいいけれど・・・

この状況はふあんだぁ~~
信じたいけど・・・と思う史香だけど
あの『特別』は不安にさせる言葉だよね。

>言ってほしくなかった。
トクベツは史香のためのはず。
日向さん、史香の心のフォローを・・・


日向さんの追っかけも誰かさんに
負けず劣らず・・・すごいなあ。
それにあの天然保坂さんがいるから
余計混乱しちゃうのよね。

特別・・

淳平の怪我だけでも不安なのに、余計な面倒掛けるんじゃないよ保坂!

畑山も穿った見方しか出来ない?そんなんじゃいつまでもそのままだよ。

しかし!淳平、田沢さんに携帯取られ、それでも電話してきた意味が無いじゃん。
『特別』って特別の意味があるんだよ、分ってる?

追っかけさんはどこにでも出没する、怖いわ~~

恋する番号

れいもんさん、こんばんは!

>携帯取り上げられてるのに
 こうして公衆電話でかけてくれる淳平を信じなくちゃ!

そうだ、そうだ!
でも、あれこれ考えるのが、史香なのです。

>ちゃんと史香の番号覚えてるんだね~

あはは……そこにいきましたか。
覚えるでしょう、『恋する人』の番号ならば!

追っかけは、実際にも色々といるようですよ。
トーク番組などで、ちらほら聞いた話が、
こんな創作に役立ってます(笑)

不安な心

tyatyaさん、こんばんは!

>信じたいけど・・・と思う史香だけど
 あの『特別』は不安にさせる言葉だよね。

『特別』はねぇ、使っちゃダメだよね。
史香の前で。
でもまぁ、淳平にも淳平なりの思いがあるんですよ、きっと
(って、私がフォローしたどうなる?)

>日向さんの追っかけも誰かさんに
 負けず劣らず・・・すごいなあ。

あはは……。誰かさんの情報も頭に入っているから、
ついついこうなるのかも。
でもね、以前、トーク番組で、
こんな話をしていた俳優さんがいました。
今はツイッターとかで簡単に情報が伝わるし、
携帯にもカメラが当たり前だもんね。

タレントも大変だと思いますよ。

まだまだ……です

yokanさん、こんばんは!

>史香ちゃんはとかくマイナスに考えちゃうんだよね、
 それを治さないと・・・。

その通りです。
これは、史香と淳平の成長物語でもあるので、
互いに、色々な部分が、足りないんですよ。

ただ、直接話を聞けないという状況が、
史香を不安にしていることは確かで……。

『互いを思いやる気持ち』に、史香が気付くか、
それとも淳平が気付くか……

もう少し、見てやって下さいね。

余裕がないよね

yonyonさん、こんばんは!

>畑山も穿った見方しか出来ない?
 そんなんじゃいつまでもそのままだよ。

お! 畑山さんに注意をしてくれたのはyonyonさんだけです。
彼には、また活躍の場が、出てくるかと。

>『特別』って特別の意味があるんだよ、分ってる?

そうなんだよね。
今は、史香にも淳平にも、余裕がなくなっているようです。
さて、どうなる二人。

踏ん張り、効く?

こんにちは!!

史香ちゃんが淳平くんの事心配してるときに
ナンパ?してくる畑山やわがまま全開の天然娘やら・・

そこに余計な情報も流してくれるし・・ヤレヤレ

せっかくくれた電話でも喧嘩しちゃうなんて

淳平くんも史香ちゃんも、ここが踏ん張りどころ?

   では、また…(^.^)/~~~

あっちもこっちも

mamanさん、こんばんは!

>史香ちゃんが淳平くんの事心配してるときに
 ナンパ?してくる畑山やわがまま全開の天然娘やら・・

何かある時は、重なるものなんですね。
色々と惑わされることで、史香は不安だらけの状態です。
しかも、淳平、電話切っちゃうし……

しかし、彼には彼の想いがあるわけで。

>淳平くんも史香ちゃんも、ここが踏ん張りどころ?

かもしれません。

また、遊びに来てね!