21 組織か人か

21 組織か人か




本社での会議に出席した『天神通り店』の店長溝口は、急いで会議室を出ると、

報告書を片手にエレベーターへ向かった。

『天神商店街』の会長と会う時間が迫っていて、絶対に遅れることが出来ない。

会長である宮田は、そういった細かいところを、とても気にする男だった。

廊下で海人にすれ違い、いつもならくだらない世間話を1つ2つするのだが、

今日は余裕がないため、頭だけ下げて通りすぎようとする。


「溝口、どうしたんだ慌てて。何かあったのか」

「あ……専務。すみません、あの……人と会う時間が……」

「あぁ……うん」


海人との会話からも逃げ出すように、溝口はエレベーターを待ちきれず、

階段へ向かった。別店舗の店長達が、後からゆっくりと歩いてきて、

それぞれ海人に頭を下げる。


「『天神通り店』は何かあったのか」

「専務、ご存じないんですか? 
『天神商店街』から専属契約を打ち切るかも知れないと、
ここのところ、脅されているらしいですよ」

「専属契約を?」


『森橋店』の店長は、『天神通り店』が独自の改革案を商店街に募ったことで、

トラブルが始まったのだと話しを付け足した。

海人は、店にこの間貼ってあった、アンケートのことを思い出す。

航が自分なりのやり方だと言い切り、進めている計画だ。


「単独で何かやろうなんて思うからだよな」

「そうだよな……」


長い間、本社から言われた通りにことを進めてきた店長達は、

何かを始めようと立ち上がった『天神通り店』に対して、

まるでこっちが悪いかのような言い方をした。

海人はそのまま廊下を進み、航がいるはずの部屋をのぞく。

しかし、航の場所に姿はなく、そのまま自分の部屋へ戻った。





「おはようございます」

「あぁ……」


ボンボン晴弘の暴走以来、『天神通り店』の空気は悪くなる一方だった。

晴弘が無理難題を押しつけているのは、

友海に対する気持ちからだとわかっているだけに、意地を張って、

謝罪を拒否する態度に、馬場を始めとしたメンバー達は、ため息をつく。

面と向かって言い合うことはなかったが、逆に何かが詰まってしまったような、

重苦しい雰囲気だけが漂った。


仕事を終え、禁煙を始めてから続けている散歩をしながら、

友海の足は自然と『野々宮園』へ向かった。

まだ、シャッターは開いていて、角からその様子を見ると、

ちょうど客を見送る晴弘の父が、店先へ出て来て笑っている。

結局、その前を通りすぎることなく、友海は方向を変えた。





『天神商店街』と揉め始めて2週間が過ぎ、航はその間に、

実行役員として会議に出席してくれる予定だった数件へ電話を入れたが、

その答えはみんな『考え直したい』との申し出だった。

相変わらず積極的に動こうとしてくれているのは文具店だけで、

計画自体が暗礁にあがる。


「成島さん、専務がお呼びです」


本社に入ってから海人に呼び出されるのは初めてのことで、

航はわかりましたと返事をし、そのまま専務室へと向かう。

扉に手をかけるまえに、大きく息を吸い込んだ。


「失礼します」

「何を理由に呼び出したのかは、わかっているんだろう」


海人は唐突にそう言うと、手に持っていた書類をデスクに置いた。

『天神通り店』が商店街との専属契約更新で、

手間取っていることが本社の耳にも入り、書類に残されて上がってくる。

航は現在進行形で、結論はまだ出ていないと突っぱねるが、

事情を知っている海人は、すでに店長の溝口から、成り行きを聞き出していた。


「たかがパートの意地に、付き合わされてはたまらないな。
『天神通り店』は、『天神商店街』の協力で成り立っている。それは間違いない。
ふらりと入ってくる客よりも、市場や商店街など、
固定された客を持っているからこそ、売り上げも伸びたんだぞ。
それをわざわざ波風立てるようなことをして……」

「波風を立てているわけではありません。
むしろ、商店街にとっても前向きでいい話しをしているはずです。
専務の耳に、どんな情報が入っているのか知りませんが、今、動いていますから……」

「何をかばっているんだ。原因がわかっているのなら、
そこを突き止めて無くせばすむことだろ」

「原因なんてわかっていません」

「……彼女が頭を下げれば済むことだ」


店長の溝口からも、友海に対する晴弘達の嫌がらせなのではないかという情報が

海人に入っていた。海人は航に背を向けて、窓から見える景色を目で追っていく。


「悪くもないのに、頭を下げろとは言えません」

「悪いか悪くないかは関係ない。それをすればおさまるのなら、そうすればいい」

「違う! 海人……それは違う」


航は専務と呼ばずに、あえて海人と言う名前を呼ぶと、真剣な目で訴えた。

友海が謝罪をすることで、商店街と『SI石油』との曲がった関係が

確立されてしまう。それでは今後、

同じ目線でことを動かすことは出来なくなるからだ。


「同じ立場で改革しない限り、成功しないんだ」

「……何が成功だ」


海人の吐き捨てるような言葉を、航はまっすぐな目で捕らえた。

海人はデスクに置かれた書類を並べ、航をにらみ付ける。


「『天神通り店』は、『SI石油』のたかが12分の1だ。
そのまた何人かいる従業員の下で働くパートだぞ。
そんな一個人のことを考えて行動していたら、組織なんて成り立たない。
個人の感情なんてどうだっていいんだ。嫌なら辞めてもらえばいい、
他の場所で生きていけばいい。そう……お前の親のように……」

「海人……」

「立場も……残された者のことも、一切考えずに、
自分のしたいようにだけして、生きていけばいい」


海人はそう言うと、航の横を通りすぎ、そのまま部屋を出ていった。

航は、自分だけでなく、新谷家から飛び出した母、華代子に対する想いも知り、

あらためて二人の溝が深いことを、実感した。





他の従業員から受ける無言のプレッシャーの中、

友海はいつものように仕事に取り組んでいた。

美鈴だけはそんな友海を気にしながら、わざと楽しい話題を振ってくる。

昼休みを過ぎ、スタンドに少し時間が出来た時、見慣れた車が入ってきた。

友海はその車が誰の者なのかすぐにわかり、場所から動かないまま、

運転席へ目を向ける。



降りてきたのは海人だった。

海人はただまっすぐに友海を見つめ、そのまま近付いてくる。


「来い!」

「どこへですか」

「『天神商店街』だ。会長のところへ行って、
君がこれからもよろしくお願いしますと頭を下げろ」


馬場や柿下も、海人のセリフに驚き、美鈴は友海から海人を引き離そうと、

中に入ったらどうですかと提案する。

海人はそんなまわりの動きには動じずに、友海だけに集中する。


「頭を下げる理由がありません」

「理由など考えなくていい。ロボットにでもなったつもりで、
頭を下げたらそれでいいんだ。君一人の意地のために、
会社が損害を被ることになるんだぞ。早く準備をして」

「嫌です」

「これが命令でも嫌なのか」

「……嫌です」

「それならばそれでいい。今すぐ溝口のところへ行って、
ここを辞めると宣言でもしろ。その代わり、責任は航に取ってもらう」


航の名前を出されたことで、友海の表情が変わった。

海人の声が美鈴のところへ届き、友海は悪くないのだと、必死に弁明する。


「誰が悪いとか悪くないとかを聞いているわけじゃない。君が……」


海人のセリフをさえぎるように、セルフ給油機の横に、また1台の車が入ってきた。

ネイビーブルーの軽自動車が止まり、運転席から降りたのは、航だった。

海人の横を無言で通り過ぎ、友海の腕をつかむ。


「行こう」

「……どこへですか」

「いいから」


航は助手席を開け、強引に友海を押し込んだ。呆気に取られたままの柿下の前で、

すばやく運転席に乗り込み、あっという間にスタンドを出て行ってしまう。

何も動かない海人と、心配そうに見つめる美鈴の姿が、だんだんと小さくなっていく。


「こんなことだろうと思った。間に合った」

「成島さん」

「海人に、謝罪をしろとでも言われたんだろ」


友海はその問いに答えることなく、下を向いた。

謝る理由などないにせよ、海人の言っている意味がわからないわけではなかった。

あの飲み会でこじれた関係から、事態はここまで大きくなっている。

あの時、自分がもっと違った対応を取っていれば、

こんな状態になることはなかったのだ。


「謝ったら、それで終わるなんてことはないんだ。
そこから抜け出すのには大変な労力が必要になる。
理不尽なことを言い出して築かれる関係なら、最初からない方がいい」


航はそう言うと、無言の友海を乗せたまま、少しアクセルを強めに踏み込んだ。





22 曲がった気持ち
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

アーァ・・

海人は知ろうともしない。
たかが・・・と言ってしまう。
正社員でなくてもパートであれ、アルバイトであれ
SI石油で働く全ての従業員を大切に思わないのは駄目だよ。

商店街の活性化はSI石油の発展に繋がるのに。

その逆も有りなのにな~

クソボンは其処のところが分ってない!

海人と航

yonyonさん、こんばんは!

>商店街の活性化はSI石油の発展に繋がるのに。
 その逆も有りなのにな~

『SI石油』しか知らない海人には、
友海の行動は、わがままに思えるのでしょう。
もちろん、組織を動かすためには、
個人を殺してしまうこともあるんだけどね。

さて、この先は……って、
yonyonさんは知っている(笑)

二人の違い

yokanさん、こんばんは!

>悪くないのに謝るって、悔しいな~(ーー;)

そう、悔しいですよね。
こんなところにも、航と海人の違いが、
出てしまっています。

まぁ、立場も、育った環境も違ったので、
仕方がないのかもしれませんが。

どう動くのか、先を楽しみにしてもらえるのは、
嬉しいな。

間に合ってよかった

>「悪いか悪くないかは関係ない。
それをすればおさまるのなら、そうすればいい

ムカッ(`0´)
海人は長いものに巻かれろ・・・なのね。

たとえ揉め事を起こしたのが従業員なら
それをいい方へ持っていくのが経営者なのに。

これじゃ海人もボンボンに手玉に取られちゃうね。

でも航が間に合ってよかった。
いったいどこへ行こうとしてるのか???

問題児

tyatyaさん、こんばんは!

>海人は長いものに巻かれろ・・・なのね。

そうだね、いつのまにかそうなったんだね。
でも、本来組織の真ん中にいる人ほど、
細かいところに、気を配るんだけど。

まぁ、だから、話になっているんだけど(笑)

>これじゃ海人もボンボンに手玉に取られちゃうね。

あぁ、ボンボンがねぇ……
これまた問題児なんですよ。
さて、続きます。