TRUTH 【冬の海】

TRUTH 【冬の海】

TRUTH 【冬の海】



『緑山南店』の中は、平日の夕方であっても相変わらず込んでいて、

店内にいるスタッフが、無駄なくそれぞれの動きをこなしていた。

店長の瀬口がハリウッドから戻り、その仕事の評判を聞きつけた女性客が、

特集記事を持ち、彼を指名することが増え、

有野は分担をしっかりとわけ、店の隅々まで目を向ける。

流れの出来ている店は、客を含めた動きに、全くの無駄がない。

私は、心地よいリズムの中、手の空いたスタッフに書類を預け、そのまま店を出た。



越野さんの願いは、私にとって予想外のものだった。

新人テストより厳しい、『スタコン』のアシスタントに応募し、

どうしても叶えたいという願いなら、もっと複雑で難しいことなのかと思ったが、

『海から上がる朝焼けが見たい』と言われ、その目的も意味も全くわからなかった。

私は今は季節が冬で、海で朝焼けを待つのは難しいのではないかと告げたが、

彼女は千葉県のある場所に、親戚が持つ小さなスタジオがあり、

そこで日の出を待てるのだと譲らなかった。



『最後に……』



最後のわがままだと、そう言いたかったのか、

私は、越野さんの真剣な目に、結局押し切られ、頷くことしか出来なかった。

いや、それは言い訳で、本当は私自身に『最後』なのだと、そう言い聞かせた。

越野さんを見ているのか、7年前の女性の面影を追っているのか定まらないまま、

過去と現在を行ったり来たりするこの思いも、

一緒に流してしまおうと、気持ちを入れ替えた。





それからしばらくは、本社での仕事が続いた。

『トワレ』とのコラボ商品は順調に売り上げを伸ばし、

返品騒ぎになったものも、容器を作り直し、すぐに遅れを取り返す。


何かが動いている時の、季節は流れが速く、秋を過ぎ去り、冬へ入る。

街並みはイベントに向かい華やかになり、イルミネーションが木々たちを飾り付けた。

そんな華やいだ光の中に車を走らせ、久しぶりに横浜の店舗へ行き、

打ち合わせを終えて家に向かう途中、『緑山南店』の前を通った。

営業時間は過ぎていたが、店内にはしっかりと灯りが残り、

人形を使いながら、シザーの練習をする越野さんがいた。

彼女が1次を通過したことは知っていたが、ここからは少しの失敗も許されない。

カーテンの隙間から、その動きをチェックし、

真剣な顔でアドバイスをする有野の姿が見えた。

有野も早坂と一緒に、『コンテスト』へ向け練習をする日々なのだろう。

二人の熱意と真剣さにしばらく目を向けていたが、

目の前の信号が青に変わり、光のコントラストが変化し、

そのままアクセルを踏み込んだ。



それからしばらくして、『スタイリストコンテスト』の最終審査が行われた。

場所は本社で、私も沢木や社長と一緒に、

全国の支店から集められた10人の実力を審査する。

それぞれしっかりとした技術を持ち、この場に臨んだだけあって、

甲乙つけるのは難しかったが、最終メンバーの3名が選ばれ、

その中に『緑山南店』の有野が入った。





「おめでとう、有野」

「ありがとうございます、森住さん、僕、やっと表舞台に出られます」

「あぁ……」


店では瀬口が上に立っていて、同期では早坂に先を越されていただけに、

有野の喜びは相当のものだろう。これで、越野さんが選ばれれば、

互いに励ましあっていけるのかもしれない。


「あとは、越野さんなんですけど……」

「どうだ、彼女は」

「頑張ってはいるんですが、やはり、3年目の連中と比べたら、
裁きに余裕がないんですよ。仕事の後も練習につきあって欲しいって言われて、
相当やっているんですけどね……」


二人が頑張っていることは、わかっていた。

あの夕焼けの日、先日のイルミネーションの日と、私は二人の笑顔を見た。

昔は自分も同じような目をしていたと、懐かしくもあり、眩しくもあった……。


「彼女に怒られっぱなしですよ。デートする暇もないって」

「ん?」

「越野さんの練習に付き合ってばかりいて、こっちのことはどうなってるの! って」


有野はメンバーに選ばれ、上機嫌だったのか、

付き合って6年になる女性がいることを初めて教えてくれた。

チーフになったものの、そこからどうなるのか見えなくて、

プロポーズが遅れていたこと、これで、晴れて申し込めると、嬉しそうに笑う。


「そうか……有野、約束をしている人がいるのか」

「エ……ひどいなぁ、森住さん、有野はもてないってそう思っていたんですね」

「いや、そうじゃない」


有野は、越野さんに頼みこまれ、新人テストの時から、

何度もコーチとして彼女を鍛えていた。

同期の山下さんは一度で飲み込めるが、越野さんはなかなかうまく飲み込めず、

見かねた有野が特訓する日々が始まった。


「新人テスト、絶対に1番を取りたいんですって、何度も彼女が言うから。
1番じゃなくてもいいじゃないかって言ったんですけど」



『1番を取りますから』



私に向かってそう言いながら笑った、越野さんの声が耳に届く気がした。





それから1週間後、最後の選考に残ったアシスタント達が本社に集まった。

そのうち7名が3年目の社員で、2名が2年目、

1年目の新人では越野さんだけが呼び出された。

先にコンテストへ出場する早坂や有野たちを交え話し合った結果、

3年目の社員から2名、あと1名は2年目の女性が選ばれる。





越野さんの名前は、残念ながら記入されることがなかった。





「越野さん」


申し訳なさそうに下を向く彼女に、私は落ち込む必要などないのだとそう告げた。

本来ならこの前の審査で、1年目なら落とされて当然のところ、

最終審査まで残ったのだ、胸を張って戻ればいい。

むしろ、はじめは失敗が多い方が得るものも多く、つかんだ技術も忘れない。


「でも……」

「でも? 越野さんは1番を取れたじゃないですか」

「1番?」

「はい。1年目のメンバー達の中で、あなただけが最終審査まで進めた。
これは立派に1番ですよ」

「森住さん」


そう、私は、1次審査に彼女が残った時から、あらかじめこの答えを決めていた。

『最後の願い』だと言った、彼女の心の内を知りたい。


「冬の海は寒いけれど、1番を取ったらって前に約束しましたよね。
まだ、その約束が果たせてないですから、付き合います」



越野さんの表情がゆっくりと変わり、ほっとしたような笑顔を私に向けた。

少し前なら、その笑顔を見ることが、どこか気まずかったが、

私は顔をそらすことなく、空いている日付を確認するために手帳を取り出した。





それからさらに10日が過ぎ、クリスマスがもう目の前になった日、

私は『緑山南店』から少し歩いたレストランで、越野さんを待った。

コーヒーを注文し、そのカップが半分くらいになる頃、

かけて来たのか、少し赤みを帯びた頬をした彼女が姿を見せる。


「こんばんは、森住さん」

「こんばんは」


まだ、食事をしていなかったため、二人で少し遅めのディナーとなった。

夏の夜景を楽しみながら夢を語ってくれた越野さんが季節を変え、また目の前に座る。


「一つ聞いてもいいかな」

「なんですか?」

「どうして『海から見える朝焼け』なの?」


越野さんは幼い頃、その場所から見た『朝焼け』が綺麗だったことを話してくれた。

叔父さんが音楽好きで、自分も『フルート』を習っていたこと、

根性がなくて続かなかったのだと、照れくさそうに話していく。


「免許でも持っていたら自分で行けるのに、あいにく持ってないんです。
場所が不便なところなので、電車やバスだと行きにくくて。
それでも……どうしても見たくて」


『フルート』と聞き、『トワレ』の愛梨さんの顔が浮かんだ。

ここのところしばらく翠と会っていないので、状況を聞いているわけではないが、

おそらく自由に飛び回っているのだろう。


「何かを決めるとき、いつもそこに行っていたので……」


そう言って笑った越野さんは、少し恥ずかしそうに下を向いた。





食事を終えた私たちは、叔父さんが所有するスタジオへ向かった。

週末とは言え、季節的に海へ向かう車は少なく、渋滞に巻き込まれることもないまま、

少しずつ都会の明るさから離れていった。

ナビゲーション代わりの声が後ろから聞こえ、

初めての道だったが、迷うことなく小さなスタジオへ到着する。

日付が変わったばかりの時刻で、日の出まではまた時間があるため、

しばらくそこで暖を取ることになった。


「すぐにお湯を沸かします。温かいものを入れますね」


越野さんは、しばらく使っていないから空気が悪いと言い、

5分間だけと外の空気を入れた。

冬の冷たい空気が頬をかすめていったが、その冷たさがどこか心地いい。


「コーヒーとお茶を持ってきたんです。森住さん、どちらがいいですか?」

「じゃぁ、コーヒーをもらおうかな」

「はい」


空気を変えるために開けた窓を閉め、少しずつ温まる部屋の中で初めて上着を脱いだ。

ネクタイを軽く緩め、窓の方へ移動すると、小さなテラスが見える。

白い小さなベンチと、お揃いのテーブルが置かれ、季節さえよければ、

外で波の音を聞き、日の出を待つのもいいかもしれないと思えるような場所だった。


「そこから、とっても綺麗な朝焼けが見えるんです。
明日、天気がよければいいんですけど」

「昨日の予報では晴れだった気がするけれど」

「あ……」

「ん?」

「砂糖を忘れました」

「私は入れない……」


それならばと越野さんはカップにお湯を注ぎ、片方を私に差し出した。

今は真っ暗で、月の光が海の上に揺れている。

しばらくこんな静かな音の中に、身を置くことなどなかった。

いつもどこか急かされているような日々の中で、誰かの視線を感じながら生きている。

会社に入って7年、考えるとただ必死に前だけを向いていた。

心から笑うことなどなく、期待にこたえることだけを考えた。

たまに贅沢をして、無理やりストレスを発散することはあったが、

その場を離れると、またすぐに緊張した時間へ戻ってしまう。


目を閉じると、優しい波の音が届き、見えなくてもここが海なのだと教えてくれた。

越野さんの付き合いで来た場所だったが、

いつの間にか、『朝焼け』を待つことが、嬉しく感じられる。


同じリズムで繰り返される波の音。

寄ってきてはまた遠ざかり、そしてまた……近付いてくる。





「この場所、夏は賑わうんだろうね……」


しばらく波の音を楽しんだ後、そう言いながら振りかえると、

越野さんはカップをテーブルに置き、小さなクッションを抱きしめるように眠っていた。

何度か頭が動き、だんだんと姿勢が横へ倒れていく。

少し大き目のクッションを彼女の左側に置き、支えを作ってやると、

それを待っていたかのように、越野さんの体がクッションに沈んだ。


それにしても、私がここにいることなど、彼女には何も意味がないことなのだろうか。

無防備に眠ってしまったことが、どこか嬉しくもあり、なぜか寂しくもある。

私は少し前に脱いだコートを越野さんにかけ、海が見える窓際にカップを置き、

漂う湯気を見ながら、また、波の音に耳を傾けた。






【時の波音】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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ちょっとドキドキ

おっと!二人で夜を明かすんですね。
森住さんにとって、越野さんは気になる存在。
それが7年前の女性と重ねているだけなのか。。
越野さん自身への想いも膨らんできているように思うのですが。
越野さんの方はどうなのかなあ。。
頑張ったことへのご褒美が愛につながるのかしら~♪

この一夜はちょっとドキドキ*^^*

二人の夜明け

れいもんさん、こんばんは!

>おっと!二人で夜を明かすんですね。

はい、二人で『夜明け』を待つことになりました。
なぜ柚希が、この行動をしたのか、
それは次回でわかります。

そして、7年前の女性のことも……
いよいよ、明らかになっていきますので。

さて、森住と柚希の『夜明け』は来るのか!
次回へ続きます。

気持ちの行き先

拍手コメントさん、こんばんは!

>柚希の気持ちは、森住さんにありそうなのに。

そうなんですよね。
柚希は『最後……』という言葉をつけて、
ここへ森住を誘いました。
(寝ちゃいましたけど・笑)
その意味を知らないとね。

ぜひぜひ、このまま続きを待ってくださいね。

男としては

yokaさん、こんばんは!

>無防備に眠ってしまったことが嬉しくもあり寂しくもあり、
 男性としては複雑かな

はい。意識して欲しいような、
落ち着けているのなら、それでもいいような……

柚希が森住をここへ誘ったわけ、
そして、二人のこれから……

そして、明らかになる7年前の女性

引き続き、じっくりとおつきあいください。

私もドキドキ・・

『海から上がる朝焼けが見たい』っていう越野さんの願い
朝焼けを見ようと思ったらその前の夜から一緒に居ないといけないわけで・・・
これって取り様によっては結構思い切ったお願いのようにも思えるんだけど

無防備に眠っちゃったのね^^

「何かを決めるとき、いつもそこに行っていたので……」
と言った越野さん
今回も何か決める事があるのかな?
最後に・・と言った訳も気になるなぁ

二人だけで過ごす夜
私もちょっと・・・ドキドキです"^_^"

鋭いよね

パウワウちゃん、こんばんは!

>朝焼けを見ようと思ったらその前の夜から
 一緒に居ないといけないわけで・・・
 これって取り様によっては
 結構思い切ったお願いのようにも思えるんだけど

毎度、毎度思うんだけど、パウワウちゃんって、
鋭いんだよね、いつも(笑)
そう、柚希にとっては、思い切ったお願いなのです。

でも、寝ちゃってるけどね。

ドキドキしながら、次回をお待ちください。