16 恋ごころ(4)

16 恋ごころ(4)


次の日は、少し目が腫れた状態で仕事へ向かった。

和歌山の病院を早朝に退院し、新幹線などを使って東京に戻った日向さんは、

『東城総合病院』へそのまま入院する。

怪我の具合はよくなっていたが、撮影がまた再開されるまで、

しっかり体を休めるのが目的だった。

東京という表舞台へ戻ったため、マスコミの囲みはさらに増え、

事務所もその対応に明け暮れる。





「いやぁ……参った。落馬したって聞いた時には、心臓が止まりそうだったよ」


その日の夕方、田沢さんが社長に報告するため、事務所を訪れた。

落馬事故の日は、あれだけ声を荒げていたのに、そんなことはすっかり忘れたのか、

楽しそうに笑っている。


「史香。何かあるか? 淳平に伝えること」

「いえ……」


私はそう答えることで精一杯だった。

何か伝えたいことなど今は思いつかず、顔を見たいという希望も、叶えられそうにない。

その日の午後、急に連絡をしてきたのは、友達の尚美で、

『今から行くね』の言葉に、私は仕事を終えると、急いで部屋へ向かった。


「突然ですみませんでした」

「本当だよ、来るなら来るって、あらかじめ言ってくれたら、もっと片付けたのに」

「平気、平気。綺麗なものよ」


地元の信用金庫に勤める尚美は、東京に住む彼と休みを取って旅行へ行ったようだった。

デジタルカメラには、二人で楽しそうに笑っている写真や、

尚美一人でポーズを取ったものなど、何枚も残されている。


「始めはね、彼の部屋で過ごすつもりだったの。
でも、雑誌を見ていたら当日申し込みすると、半額になるっていう宿があって、
冗談半分で申し込んでみたらOKだったのよ。だから、そのまま……」

「ふーん……」


別に特別豪華な旅館でもないけれど、

二人の思いつきのまま行動できるという自由さに、私は心から嫉妬した。


「うちには、史香の部屋へ泊まっていることにしてあるの。
だから、口裏合わせ頼みます」

「何よ、それ」

「何って、それが友達でしょ?」


尚美はおみやげだとあれこれ机に並べると、楽しかった旅の話を、

止まることなく話し続けた。その間に一つのドラマが終わり、ニュースが流れ出す。


「友達がさ、地元の彼氏だからいつもうらやましいなと思っていたんだけど、
でも、今回、こうして旅行なんかしてみたら、離れている時間があるのもいいな……って、
そう思えた」

「そう……」

「そうよ、会えない日があるから、会える日が嬉しいでしょ」


確かにその通りだろう。尚美は史香も誰かと付き合ってみたらいいじゃないと、

無責任なコメントをし始める。仕事が忙しすぎるから悪いんだよと付け加え、

また写真を見ながら照れくさそうに笑った。


「ねぇ、尚美。もしもさ……」

「何?」

「もしもね、彼が急にケガをしたり、病気になったら、どうする?」

「どうするって?」

「心配してかけつける? それとも待つ?」


尚美は質問の意味がわからないのか、

それとも質問をしている私の意図がわからないのか、

不思議そうな顔をして、そんなの聞くまでもないことだと笑い出す。


「どっち?」

「すぐ側に行くに決まってるでしょ。病気とか怪我の時って、
一番気持ちが落ち込むんだよ。好きな人に側にいて欲しいって、
思うに決まっているじゃない」







……そう、そんなことは決まっていることなのだ。







誰かに、あらためて聞くことなんて、ないくらい……







「そうだよね」


心が疲れた時、日向さんが求めてくれたのは、私ではなかった。

そう思えば思うほど、告白してくれた言葉も、重ね合った気持ちの日々も、

どこか空しく思えてくる。





私は、ただ尚美を羨ましく思いながら、ベッドの中で何度も寝返りをうち、

眠れない夜を過ごすことになった。





次の日、食事に誘ってくれたのは米原さんだった。

午前中に日向さんの病院へ行き、軽い打ち合わせをしたと話し、

元気だったと報告してくれる。


「米原さん、『特別』って何ですか?」

「何、それ」


私は、日向さんから電話があったこと、

そこでつい、吉野さんがそばにいたことを追求してしまったこと、

とたんに日向さんが機嫌を悪くして、電話を切ったことなど、隠さずに話してみた。

もちろん、『特別』と言われたことも、しっかりと付け足した。


「そう……淳平、焦ってるのよ」


米原さんは、日向さんの撮影が思っていたよりもさらに大変だったと付け加えてくれた。

田沢さんの話だと、ベテラン俳優の北原豪は、若い2人に厳しく、

今の演じ方では、セリフを返せないとへそを曲げたこともあったらしい。


「実はね、昨日も、吉野ひかりが来たみたい」


昨日、日向さんが東京へ戻り、すぐに『東城総合病院』へ入院したその日にも、

吉野さんは病院に向かったのだと聞き、また目の前が暗くなる。


「落馬の前に、乗馬シーンは撮り終えたからよかったんだけど、
本当はその後、淳平とひかりさんが山の中を逃げていくシーンを撮るつもりだったの。
淳平はやるって言ったみたいなんだけど、医者が無理したらダメだって止めて。
山道を全力疾走だから、体調を整えてからでいいって、塩野監督も指示を出した」


日向さんにしてみたら、自分の事故で残した撮影のため、

もう一度、吉野さんに和歌山へ行ってもらわないとならなくなり、

過度の見舞いだとわかっていても、断れないのだとそう説明してくれる。


「マスコミが病院のまわりを囲んでいることもわかっていて、
あえてその中に入ってくるんだもの。騒がれた方が宣伝になるとでも思っているのか、
ひかりの事務所も、戦略があってのことなのかもしれないけれど、
淳平としては辛いところなのよ。迷惑をかけているから強くも出られないし、
また、吉野さんとしっかり打ち合わせをしておかないと、
映画のシーンって、順番に撮るわけじゃないからね」


米原さんの話しは、もっともだとそう思った。

それでも、彼女を『特別だ』と言った日向さんの気持ちは、理解できない。


「『同士』みたいなもの……。そうなんじゃないかな。
男と女の雰囲気を、二人から感じたことはないけど。
でもさ、普通じゃないのよ、普通じゃないことは理解してあげないとね。
だって、好きでもないのにキスしないとならないのが俳優でしょ。
常識を常識だと割り切れないところも、結構あったりするのよ」


結局、私は、米原さんに説得されるようになり、もやもやの晴れることはなかった。







普通じゃないことを認めるなんて……難しい。







だって、私の前にいる日向さんは、少なくとも『普通』なのだから……。







その次の日、私は、自ら行動を起こすことにした。

日向さんへの疑問は、日向さんに会わなければ、決して解決しない。

社員証を持ち、名刺を持つと、病院へ向かう。

確かにマスコミの記者らしき人が何人かいたが、堂々と夜間入り口へ向かう私に、

カメラを向ける人はいない。


「すみません、事務所の者です。日向に渡したいものがありますので」


少し白髪のある警備員は、私の社員証を確認し、そのままどうぞと通してくれた。

連日のニュースで、入院しているのは3階の角部屋だということも知っている。

田沢さんはこの日、別の仕事に行っているはずだった。


廊下で看護士にすれ違い、少し警戒感のある表情を向けられたが、

私は社員証を見せ、お世話になりますとそれらしく挨拶する。

するとその顔は笑顔に代わり、会釈までしてくれた。


部屋からの灯りが漏れていた。

映画のロケに出発してからもう3週間以上、日向さんの顔を見ていない。

怪我はどれくらいよくなったのか、痛むところはないのか、

聞きたい質問を頭で整理しながら進んでいくと、

中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。





その声は……吉野ひかりさんだった。





「何よ、淳平。私がりんごの皮も剥けないと思っていたの?」

「いや……そうじゃないけど、ひかりのそんな姿は見たことがないし」

「まぁね。あまり見せたことないかもね」


せめて、緊張するような仕事の話しをしていて欲しかった。

セリフあわせなら、何も言わないままじっとその真剣な空気を感じていられたのに。

あまりにも『普通』すぎる会話と笑い声に、私は動けなくなる。







どうして……私はここに来てはいけないんだろう。







「史香!」


その声に振り返ると、驚いた表情の田沢さんが立っていた。

ほんの何秒かの間に、歪みだした顔は、怒りの色を見せ始める。

私は頭だけ下げ、その場を去ろうと思ったが、つかまれた腕の反動で、

持っていた紙袋を落としてしまう。


カチャン……と容器が割れる音がして、紙袋に染みだし始めた。

私は慌ててそれを抱える。


「史香……」


背中から日向さんの声が届く。それでも振り返る気持ちにはなれなかった。

こんな歪んだ顔なんて、見られたくないし、見せたくない。


「どうしてお前がここにいるんだ。なぁ……」

「すみません田沢さん。帰ります」

「あら……あなた、スタッフさんじゃない。どうしたの?」


嫌だ、こんなところで、日向さんやひかりさんがいる前で、

田沢さんのお説教なんてもらいたくない。


「すみません……」


私は両手で、必死に全てを振り切った。

たまごとダシの匂いが強くなる中、紙袋を抱えたまま階段へ走る。


「史香……史香、待て!」


後ろから追ってきた日向さんの強い口調に、私は足を止めた。

せめて心配していたことだけを告げようとした時、

日向さんの口から先に言葉が出る。


「どうしてここへ来るんだ。何、コソコソしてるんだ。
まるで、僕の行動を探っているみたいに……」

「日向さん……」

「ここで、次の段階への準備をしなければならないのに、
こんなふうにウロウロされたら、気持ちが前へ進まなくなるだろう」


この仕事が、今までのものと比べものにならないくらいプレッシャーがあるのは、

クランクインする前から分かっていた。

でも、それでも……。


「くだらないことをするなよ……」







くだらないこと……







誰か私に、この言葉の意味を教えて下さい……。







「怪我の状態を知りたいと思うことが、何かしてあげたいと思うことが、
そんなに迷惑ですか。日向さんにとって、これはくだらないことなんですか?」


日向さんが大好きだと言ってくれた『茶碗蒸し』。

それを作ってくることくらいしか、私には出来ない。

それでも、一生懸命考えて、ここへ来たのに……。


「これがくだらないのなら……私には、日向さんのことを、
何も理解なんて出来ません!」


冷たい壁に囲まれた病院に、私の足音だけが響く。

日向さんが後を追ってくることはなく、割れた器の入った紙袋を抱えながら、

夜の道を一人、走るだけで精一杯だった。






17 恋ごころ(5)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
励ましの1ポチ、よろしくお願いします。(人・∀・)オネガイ・*:..。o○☆*゚


コメント

非公開コメント

ああ~、どん底。。

すっかり史香の気分でどん底ですT_T
われてしまった茶碗蒸しがさらに悲しいT_T

「くだらないこと」。。
淳平の真意はいずこに。。

どんどんっすれちがっていっちゃう~
そして、れいもんは、
どんどんももんたさんの思うツボに嵌っていく~

これは、お話なのよ~と自分に言い聞かせます。

う~~
辛すぎる~~~

言葉にしないとわからないことってあるよね
自分にとって近い人だから言わなくてもきっと
わかってくれる・・・なんてのは×

大事な人だからこそあれこれ考えてしまうんだもん

早く仲直りしてくれ~

頼むよ~ももんたさん

私たちの精神衛生上よろしくないぞ・・・^^;

辛いよう~~~

不安でいっぱいの史香に今回少しはフォローがあるかと思ったのに・・・
淳平ったら「くだらないこと」だなんて
更にどん底に突き落とすような一言!? 辛いなぁ~(>_<)

只でさえプレッシャーの多い撮影の中
自分の事故で迷惑をかけたという思いでいっぱいの淳平にしてみれば、
個人的な想いより先ずは仕事が第一で
史香の気持ちを思い遣るだけの余裕がないんだろうけど・・・

常識を常識だと割り切れない、普通とは違った世界で生きる淳平。
わかっていても、難しいよね。

あぁ~どうか次回はこれ以上どつぼに嵌りませんように・・
切ない想いを抱えつつ続き待ってるね。。。

それはないよ~

ぐぐぐ・・・
と言葉にもならない。(泣)

史香どん底です。
何かが狂い始めた時って、何をしても下降線なのかしら。

それにしても淳平はまた傷つけてしまったね。
もう再生不可能だ~(TT)

「特別」に続き「くだらないこと」
それに田沢さんも・・・

淳平、史香を取り戻すなら今しかないんだよ~

そう、創作なのよぉ……

れいもんさん、こんばんは!

>「くだらないこと」。。
 淳平の真意はいずこに。。

常に横にいる相手なら、
誤解はすぐに解決出来ても、
なかなかそうならない二人。

ちょっとしたズレが、どんどん大きくなってます。

ツボにはまってもらって、
みなさんの声に励まされて、
ここまで続いている『発芽室』です。
これからも、どうぞよろしく!
そうそう、お話ですからね(笑)

もう! もあり?

藍染隊長さん、こんばんは!

>言葉にしないとわからないことってあるよね

映画の撮影、淳平の落馬で、
さらに語り合う時間を減らしている二人。
……となると、浮かび上がる疑問だけが
大きくなってしまって。

>私たちの精神衛生上よろしくないぞ・・・^^;

うん、なんとかしないとね。
でも、『もうやだ……』な要素も、ないとダメかな……と(笑)
って、違う?

うーん……なんだね

yokanさん、こんばんは!

>私、ももんたさんの今までの作品で
 これほどイライラしながら読む作品は初めてだ(笑)

あはは……ごめんなさい、yokanさん。
PC前で、『うーん……』となっている苦々しい顔を
想像してます。

誤解が、さらなる誤解を生んでます。
まだまだ二人とも人生の修行中。
しかし、このままにするわけにはいきません。
成長! を信じ、おつきあいくださいね。

普通じゃない世界

パウワウちゃん、こっちもこんばんは!

>不安でいっぱいの史香に
 今回少しはフォローがあるかと思ったのに・・・

すっかりズレズレの二人です。
携帯電話はないし、会うこともままならず、
史香の不安な気持ちを、
理解する状況になかったようですね、淳平は。

>常識を常識だと割り切れない、普通とは違った世界で生きる淳平。
 わかっていても、難しいよね。

うん、この世界をよく知っているわけではないけれど、
おそらく普通とは違う時間の流れや、感覚がある気がします。
史香の気持ちは、そこらへんの女性に近く、
しかし淳平の状況は、それを許しません。

さて、次回はさらにどつぼなのか、
浮上するのか……お待ちくださいね。

どん底が続くのか?

tyatyaさん、こんばんは!

>史香どん底です。
 何かが狂い始めた時って、何をしても下降線なのかしら。

心がね、マイナス思考になっていると、
そっちの方向へ、流れてしまうんじゃないかなと。

淳平は史香を傷つけてしまって、
それを振り返る余裕がない。

>淳平、史香を取り戻すなら今しかないんだよ~

そうだ、そうだ!
さらに落ち込むのか、浮上するのかは
次回へ続きます。

史香の寂しさ

eikoちゃん、こんばんは!

>史香の想いに伝染して、、最後、涙がでちゃいました;;

史香の気持ちになりきると、淳平の言葉の意味が
非情に感じますよね。
心配して、我慢出来なくて、しかも思っていた状況とは違っていて……。

さて、ずれてしまった二人の心は、
このままさらにずれていくのか、それとも戻るのか。
それは次回に続きます。

待ってます……って言われると、とっても嬉しいです。
ありがとう!

淳平、史香に甘えてる?でも・・・ひどい

こんにちは!!

 コメント少な目になりましたが読んでますよ!(^^)!

あのストーカー事件の時の淳平くんはどこへやら・・

ステップアップのはずの映画で
先輩俳優の厳しい態度や自分の怪我のせいで遅れる撮影。

みんなに迷惑がかかってるとかで辛かったり焦るのは解るけど
『くだらない』発言はショック!!<(`^´)>ムカッ

そこに史香ちゃんは入ってないのか?
彼女だって心配で逢いたくって堪らないのを我慢してるのに・・・。

史香に何も言わず、せず、黙って支えてやれって言うのは酷ってもんでしょう・・・

淳平がドツボにはまればいい (・/・;)/ヒョェッ?
 
でも、史香の方がより落ちるんだろうね。
超天然新人類の世話もあるし・・・

すれ違う心、できた溝。。。。。
仲直りできるのか、この二人!!!

続きお待ちしております (^o^)v


では、また ・・・(^.^)/~~~

他にいい人

オイオイ淳平そりゃないだろう。
心配するのは当たり前じゃない。恋人でしょ史香は・・・

そりゃ大変でしょう、撮影も怪我して遅れてる事も、周りの人皆に迷惑掛けてる事も。

電話の一本、メールだってしようと思えばどこでだって出来るはず。
一言『心配掛けてごめんな、大丈夫だよ。』と何故言えない!

あーーももちゃんの思う壺なんだろうね。こうして読み手がヤキモキするの。
内心”ヨシ!”なんてガッツポーズしてるのでは??

史香、淳平なんて振っちゃえ!
他にいい人つくっちゃえ!(クク・・過激発言です)

淳平、好感度ダウン

mamanさん、こんばんは!
そちらは、v-235盛りあがっているんじゃないですか?

>あのストーカー事件の時の淳平くんはどこへやら・・

本当、本当。
余裕のない淳平と、おろおろする史香。

>彼女だって心配で逢いたくって堪らないのを
 我慢してるのに・・・。

ちょっと相手の立場になればねぇ、
こんなにすれ違わなくても済むような
気もするんですけど。

さて、ドツボにはまるのは、
史香か淳平か……それとも?

次回まで待っててね。

そうだ、そうだ

yonyonさん、こんばんは!

>心配するのは当たり前じゃない。恋人でしょ史香は・・・

そうだ、そうだ! 言ってやれ、yonyonさん。

>一言『心配掛けてごめんな、大丈夫だよ。』と何故言えない!

そうだ、なぜ言えない!

>あーーももちゃんの思う壺なんだろうね。
 こうして読み手がヤキモキするの。
 内心”ヨシ!”なんてガッツポーズしてるのでは??

……してます(笑)
いやいや、こうして色々と思って、怒って、
笑ってもらわないと。

いつも、ありがとうございます。

>他にいい人つくっちゃえ!(クク・・過激発言です)

コラコラ……