22 曲がった気持ち

22 曲がった気持ち




航が向かったのは、『天神通り店』から10キロ離れた別の店舗だった。

店長の人柄なのかどこかのんびりしていて、同じ系列の店なのに雰囲気は全く違う。

そこで用事を済ませると、二人を乗せた車は、芝生の公園へ向かった。

小さな山や、作った小川で、子供たちが楽しそうに遊んでいる。

航は近くの自動販売機で缶コーヒーを買うと、1本を友海に手渡した。


「責められて辛いよな、飯田さん。あなたは何一つ悪いことなんてしていないし、
ましてや、くだらないことで嫌がらせをするあの男に、
謝罪なんてする必要は全くないのに。
でも、みんなの視線はまるで飯田さんが悪いように変わっていく」


友海は黙ったままプルに手をかけた。

プシュっと音がして、中のコーヒーが見えてくる。


「成島さんも色々と言われているんじゃないですか? 
あなたこそ、巻き込まれているのに」

「僕は最初から期待されているわけではないし、
これで評価が下がったところで、何も問題はないですよ」

「……専務が……」

「ん?」

「私が謝らないのなら、責任は成島さんが取ることになるって……そう」


友海にとっては、馬場を始めとしたスタッフ達が、

無言のプレッシャーをかけることより、商店街の人が離れていくことより、

航の立場を危うくすることが一番辛いことだった。

あの時も自分を助けてくれたのは航だけで、

また、友海の味方になっているために、非難される。


「言いたいことがあっても、自分が言い出して責任を取りたくない。
だから、誰かが言ったことに、そうですね……とつけ加える。
そんな経営状態が、今のうちの会社です。
海人の言った通り、うまくいっているように見えさえすればそれでいいって。
でも、そんなものは絶対にうまく行かなくなる。
もし、あなたが謝ったりすれば、それこそうちと商店街の関係は、主従関係です。
互いの利益を追求するなんてことが、出来るはずがない」


横の空き地を駐車場として提供するのには、

『SI石油』には商店街へ買い物に来る人を増やし、出入りを多くすることで、

流れを作ることだった。商店街にとってみれば、時間をかけられることで、

買い物客のお金を使う量も増えていくと計算した。

そこにはどちらが上で、どちらが下という関係は、出来上がっていない。


「離れていくのなら離れればいいんです。
そこで初めて、うちのよさを見てもらえるのかもしれない。
ガソリンの値段を無理に下げて、売り上げを落としてまで契約を取ることなく、
ちゃんと仕事をしていけば、自然に戻ってくるものです」


航はコーヒーに口をつけ、そのままベンチから立ち上がる。


「評価を下げたのなら、別のところであげたらいいんですよ。
僕は営業マンだったので、失敗は仕事で取り返せといつも言われてました。
だから、あなたは自分の信念を曲げたりしないで欲しい。辛くても……」


航の言葉が止まり、背を向けていた体は、友海の方へ振り返る。


「一緒に頑張りましょう!」


友海はそのまま頷くと、コーヒーに口をつけた。

友海を乗せた航が『天神通り店』へ戻ったとき、すでに海人の姿は消えていた。

心配していた美鈴が駆け寄り、友海はごめんねと精一杯の笑顔を見せる。

馬場や柿下に対し、これからのことは自分が考えるから、

友海を責めないようにと言い残し、航はスタンドをあとにした。


仕事を終えた友海は、部屋に戻りあの絵の前に立った。

航の言いたいことも、自分を励まそうとしてくれたことも、しっかりと理解できた。

しかし、店の売り上げを多くを占めている商店街とのいざこざを、

簡単に払拭することが出来ないこともわかっていた。



両親の思い出のある、大切な絵。



友海は、航から思いをもらってばかりいる状態に、

なんとか答えたいと『碧い海の絵』に触れる。

たった一人、心を理解してくれる航のため、友海は部屋を出て自転車に乗ると、

商店街を走った。曲がり角で止まり様子を見ると、

外に並べてあった商品を、片付ける晴弘の姿が見えた。

許されるものなら、ひっぱたいてやりたいほど嫌だったが、

それでも自分を守ろうとしている航のため、

重たく感じる自転車を引きずりながら、少しずつ『野々宮園』に近づいていく。

やがてその姿は、晴弘の目に入り、友海が謝りに来たのだと、ニヤリと笑った。


「店なら閉店だけど、何か用ですか」


晴弘は、友海が何をしにきたのかわかっているくせに、

わざとらしくそう問いかけ視線を向けた。友海は何も言わないまま店の前に立つ。


「仕事中なんだよな、用事があるなら早くして欲しいんだけど」

「……あの……」


友海が顔をあげると、寝具店の息子、あの飲み会の日、ボンボンの横に座り、

ズボンを汚されたと騒いでいた男が、『野々宮園』の店内に見えた。

友海が晴弘に頭を下げる、決定的瞬間を見てやるとばかりに、扉に顔を近づける。


「さっさと謝っておけばいいのによ……女のくせに、意地を張るから……」

「飯田さん!」


その時、何も知らずに自転車で近づいてきたのは、『コッピア』の啓太郎だった。

隣町の商店街だが、おいしいパン屋があるので、

注文したものを取りに来たと話しかけた。友海は視線を啓太郎へ向け、頭を下げる。

目の前に晴弘がいることに気づき、啓太郎はそのまま走り去ろうとしたが、

友海は自転車にまたがり、啓太郎の後を追い始める。


「あれ? いいの? こっちに来てしまって」

「いいんです……」


友海は晴弘の方を振り返ることなく、啓太郎の後ろに付いたまま、自転車を走らせた。

おそらく晴弘の顔は怒りに満ちているだろう。

それでも、寝具店の息子たちがいる中で、さらし者のように謝罪することなど、

自分には出来なかった。





「こんなものですが……」

「すみません、ついてきてしまって」

「いやいや、若いお嬢さんに追いかけられるなんて、嫌な気はしないな」


閉店した店内に入り、友海はカウンターに腰かけた。

啓太郎は何があったのかと聞き、友海は『天神商店街未来の会』からのいきさつを、

隠すことなく話し出す。自分が航に助けてもらったのにも関わらず、

迷惑をかけているのだと語った。


「それは謝っちゃダメだな。航ががっかりするよ、きっと」

「でも……」

「あの日、ほら、先生の絵が見つかったとうちに来た日。
あいつ、絵を大事そうに抱えて、興奮気味にここへ座ったんだ。
あらかじめ電話で聞いていたから俺もすぐに絵を見て、
残された言葉とサインに間違いないとそう言った。
本当に嬉しそうな顔をして、よかったとほっとした表情を見せて、
そうか、これが見つかったことがそんなに嬉しいんだ……ってそう言ったら、
あいつなんて言ったと思う?」


一度スタンドに戻った友海と違い、航は絵を持ち先に『コッピア』へ来た。

興奮状態だったことは、横断歩道で友海を捕まえたことを考えても、理解できる。


「絵が見つかったのも嬉しいけれど、持っていたのが飯田さんだったことが、
もっと嬉しいんだ……って、あいつはそう言ったんだよ。
興奮したまま話したことだから、聞いても知らないって言うかも知れないけどね」


啓太郎は、航のことを一樹に似て一途な人間なんだと、笑って見せた。

友海は店内にかかっている成島一樹の絵を見ながら、航のことを考える。


「君の考え方が、航の力になっている。だからあいつのためだなんて言って、
気持ちを曲げたりしないでほしい。君が自分らしさを失ったら、
一番悲しむのは、あいつだと思うからさ」


啓太郎はそういうと、それからはくだらない世間話や、

おもしろいお客さんの話しなどをして、友海の気持ちをほぐしてくれた。

一人で帰りますと言った友海に、

そんなことをしたら航に何を言われるかわからないと笑い、また自転車で前を走る。


もう一度『野々宮園』の前を通ると、店はすっかり片付いていて、

シャッターもすでに閉まっていた。

二人はその前を走りぬけ、天野家の玄関前に到着する。


「ありがとうございました」

「いえいえ……」


友海が啓太郎に頭を下げていると、天野家の玄関が開き、中から航が出てきた。

啓太郎は店を出る前に航に連絡を入れたらしく、確かに送り届けたぞと、肩を叩く。


「ありがとう、啓ちゃん」

「じゃ……」


玄関に二人を残し、啓太郎はまた自転車にまたがると、家へ向かって走り出した。

友海は自転車を止め、啓太郎に迷惑をかけたと、下を向く。


「人があれだけ説明して、わかったような顔をしたくせに。全く……」


航はそういうと、何も言わずに黙っている友海の方を向いた。

申し訳なさそうに下を向く友海を見ながら、笑顔を見せる。


「おやすみ……」

「……おやすみなさい」


友海はそういうと、階段を登り始めた。

航は友海が部屋の扉を開けたことを音で確認し、天野家の玄関を開けた。





それから1週間。見た目には変わることなく、友海は美鈴と一緒に、

仕事に励んでいた。『天神商店街』との話し合いは、

文具店の奥さんのおかげで、また振りだしから始まることになる。

しかし、この『商店街』を新しくしていこうという波は、

さらなる問題を生み出していた。


「……くそぉ……あの女。人のことをコケにしやがって。なんなんだよ、あれは」

「晴弘。このままでいいのかよ。結局、『SI石油』からは何も言ってこないし、
それだけじゃなくて、ポツポツ、輪を外れる店まで出てきているらしいぞ」


宮田家の独壇場状態をよく思わず、新しい組織作りをしようという動きも出始め、

晴弘の怒りは頂点に達していた。

始めはただ、自分のプライドを傷つけた女という存在だった友海は、

いつの間にか、宮田家の存在を脅かす女だというように、変わっていく。


「このまま、終わらせるはずないじゃないか。
相手は女だぞ、何をわめこうが、力で抑えればそれまでだ……」

「晴弘……」

「調べはついてる……」


悪友たちと飲みに出かけた晴弘は、

始めの怒りとは別の方向へ、気持ちを向け始めた。





23 星空の下で
<photo:tricot>

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コメント

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思いっきりひん曲がってる!バカぼん


おはようございます!!

外、雨がすごいです。お話とは関係ないけど…Σ(゜□゜;)ヘッ

友海謝りに行ったけど
すんでのところで啓太郎に救われましたね(?)

でも、誰も来なくても謝らなかったかしら…

しかし、更にプライドを傷つけられたバカぼんが
なにやら危険な話をしてますね…。

そんなことに血道を上げてる暇があったら
友海のや航のようにどうしたら自分の町が発展するか考えろってんだ!

ほかの商店街の人達も新組織作りがんばってね o(^o^)o

さて友海は、この危険、回避出来るのか?


続きお待ちしています。


では、また…(^.^)/~~~

どこまで歪んでるんだ~

航の思いを理解しつつも迷惑を掛けちゃいけないと
友海の思いは辛いですね。

どこまでも自分勝手なぼんぼんにもう
怒りの導火線がじりじりと来ています。

プライドプライドというけど
守らなきゃいけないプライドなんてぼんぼんにはないはず。

そんなことで汚い手をつかうというのは
もう独りよがりでしかないですね。

どうか~~ぼんぼんに目を覚まさせてやって

そして商店街に平和を~~

コラコラ!

航が分ってくれるだけに、意地を張ってる自分がいけないと思い始めてしまったのね。
でもそれじゃ駄目なんだ。

確かに周りには迷惑掛けるけど、結果がよければOKだから。

しかし!!!バカボン二人は・・・・
馬鹿につける薬は無いって言うけど。

何かありそうだ(知ってるけど 爆)

雨、あがりましたか?

mamanさん、こんばんは!
あらあら、雨ですか。
今の時間も、降ってます?

>しかし、更にプライドを傷つけられたバカぼんが
 なにやら危険な話をしてますね…。

そうなのです。最初は飲み会でのゴタゴタだったのに、
いつの間にか、『友海憎し!』と変化している状況。

>友海のや航のようにどうしたら自分の町が発展するか
 考えろってんだ!

そうそう、そうなのよ。
でも、それが出来たら、『バカぼん』じゃないの。
(ぼんの表現がおもしろい。日本の右側方面の方は、『バカぼん』。
西の方の方は『アホぼん』と言ってくれています。それって地域特色だよね……・笑)

これが、色々な方面に大きく動きますので、
じっくり見てやってくださいませ。

目覚めるか?

tyatyaさん、こんばんは!

>航の思いを理解しつつも迷惑を掛けちゃいけない

そうそう、自分だけのことなら、
友海は絶対に迷わないし、謝ろうとなんてしないはず。
航が、自分の気持ちを理解してくれているからこそ、
迷惑をかけたくなくて……

……でも、謝れなくて。

>どうか~~ぼんぼんに目を覚まさせてやって
 そして商店街に平和を~~

tyatyaさんの祈りが届くのか!
それは、このまま続きをお待ちください。

友海も辛いんです

yokanさん、こんばんは!

>警察沙汰になるようなことをたくらんでいるんかね~、
 このバカボンは

あ、yokanさんはバカボンで来ましたね。
(って、そんなところに引っかかる私・笑)
関西方面の方には、『アホぼん』と呼ばれています。
(まぁ、どっちでもいいのですが・笑)

>友海ちゃんの気持ちを考えたら、
 野々宮園の前に行ったのは理解できるわ~、
 辛かったでしょうにね(TT)

そうそう、友海には意地を張る理由がありまして。
そこら辺は、この後、出てくるんですけどね。

どうなるんだろう……と、またのぞいてください。

航のために

yonyonさん、こんばんは!

>航が分ってくれるだけに、
 意地を張ってる自分がいけないと
 思い始めてしまったのね。

これまで、何度か自分を助けてくれた航ですからね。
友海は、なんとかしたい……と思ったはず。
でも、謝れるわけもなく。

>何かありそうだ(知ってるけど 爆)

そうそう、知ってる、知ってる(笑)

こちらで復習、いつもありがとうございます。