24 眠れない夜

24 眠れない夜




駅前のポストへ向かった航が商店街に入りかけた時、

1台のタクシーが目の前に止まった。

窓を開けたのは澄香で、手を振ってどこへ行くのかと問いかけてくる。


「これ、出そうとして忘れたんだ。駅前のポストに入れてくる。
で、おばさん、早いね。もう食事会終わったの?」

「違うのよ、今日は風邪でダウンしちゃった人が3人もいて、食事会は辞めたの。
早く家に帰って、予防しましょうってことになって。ねぇ、航。
ポストなら今から入れても明日の朝入れても、回収の時間は変わらないから一緒よ」

「あ、そうなんだ」


航はもう一度手に持った封筒を見た。

あと5分以上かけて歩いても、明日会社に向かう時に出しても一緒だと思うと、

無駄な時間のように思えてくる。


「じゃぁ、明日にするか」

「そうよ、ねぇ、乗ったら?」

「いいよ、すぐそこなんだし、歩いて帰るから」

「そう?」


澄香を乗せたタクシーは、また走り出し、曲がり角で消えた。

航は封筒をバッグにしまい、どうせだったら弁当の入ったビニール袋だけ

乗せてもらえばよかったと、星空の下を天野家へ戻ることにする。





友海と航が別れてから、3分が過ぎようとしていた。





航が角を曲がり、天野家の前へ来ると、澄香は玄関の前に立っていた。

鍵を持ったまま開けることなく、どこか不思議そうに上を見ている澄香に、

航はどうしたのかと問いかける。


「今ね、上からすごい大きな音がしたのよ。一瞬なんだろうと思ったんだけど、
友海ちゃんが何か落としたのかもね」

「音?」


ほんの数分前、曲がり角近くで別れた友海は、

特に大きなものを持ってはいなかった。

航はこの時間になって、模様替えもないだろうと思いながら、

そのまま部屋への階段を登る。ネクタイを外し、テーブルの上に放り、

部屋の明かりをつけようとした瞬間、横の壁に何かがぶつかる音がした。

航がいる部屋の隣は、友海のアパートになっているが、

普段、こんな音が聞こえてきたことはない。

不思議に思いながら、上着を脱ぎハンガーにかけた時、

今度は、少し遠い場所で、ガラスが割れるような音が聞こえた。

明らかにおかしいと思える状況に、航は窓を開け、隣の雰囲気を探ろうとする。

その時、目に入ったのは、敷地の外にある自動販売機の前で、

じっと姿を潜めるように、ライトもつけず止まっている『白い軽トラック』だった。

そういえば、近頃、あまり見たこともない車が止まっていると、

澄佳が不思議そうに話したことを思い出していると、

『白い軽トラック』とよく口にした美鈴の顔が蘇る。

隣の部屋の様子はわからないが、何度も聞こえたぶつかるような音は

そこから全く聞こえなくなり、自分の部屋から庭に映るあかりが、

隣には感じられない。



友海は、明らかに自分より先に部屋に入っているはずなのに、

真っ暗な中にいることなど、あるのだろうか。

『白い軽トラック』の言葉から浮かぶのは、あの忌々しい男の顔だった。

航は慌てて階段を駆け下り、台所にいる澄佳に、

以前出してもらった非常用の鍵を貸してくれと頼む。


「鍵? どうして」

「飯田さんの部屋に、誰かが入ってる、
自動販売機のところに軽トラックが止めてあって、
あの荷台から販売機へ映れば、隣のベランダへ簡単に乗りうつれるんだ」

「……エ……それ、どういうことなの」

「いいから早く!」


澄佳はすぐに鍵を取り出し、航に手渡した。

航は澄佳に庭へ出るように指示をし、上から誰が出てくるのか見て欲しいと訴え、

玄関を開けると、靴も履かずにそのまま階段を上がっていく。

航は、友海が傷つくことのないようにと祈りながら、鍵穴へ鍵を入れた。

ドアノブを思い切り引っ張ると、チェーンで扉が途中で止められる。


「誰だ! 誰がいるんだ!」

「……まずい……」


航の耳に、確かに聞こえたのは、明らかに男の声だった。

下で別れた友海が、どんな状態になっているのか心配しながら、

ベランダへ逃げていくだろう、相手の影を追いかける。

自動販売機から飛び降りた男達は、

そこに待っていた『白の軽トラック』の荷台に飛び乗り、その場を立ち去った。


「飯田さん……」


航の呼びかけに、友海の声は帰ってこなかった。

それでもガタガタと何かが動く音がする。航はあらためて息を吸い込むと、

落ち着いた口調で、もう一度問いかける。


「飯田さん、ここを、開けられる?」


しばらくしてから、友海の小さな声で『はい』と返事が届いた。

航は、まず最悪の事態は防げたのだと大きく息を吐き、一度扉を閉める。

チェーンを外す音が聞こえ、あらためて扉を開けると、

乱れた髪と、両手をガムテープでグルグル巻きにされた状態の友海が、

疲れ切った顔をしてその場に座り込んだ。


部屋の中を見ると、ベッドから上掛けの布団が落ちていて、

その上を土足で歩いたのか、土が残っている。

そして、壁から落ちたのだろう、あの『碧い海の絵』は床に落ち、

額縁のガラスが割れ、その上を歩いた足跡が残っていた。

航は視線を友海に向け、手に巻かれたガムテープを取ってやる。

口元にもつけられた跡が残っていて、手が自由になった友海は、

とりあえず口元へ手を動かした。


「……怪我は?」

「大丈夫です、でも、あの絵が……」


父が母のために描いた思い出の絵は、割れた額縁の中に確かに存在した。

航はそんなことは気にしなくていいと、ガラスの破片に気をつけながら、

テーブルの上に置く。


「大きな物音がしたから……。とにかく間に合ってよかった」


航は男たちが飛び出したベランダを開け、斜めにある自動販売機の上を見た。

街灯のあかりに照らされ、足跡が確かに残っている。

くだらない言いあいから、このような暴力行為に出てくる

向こうの卑怯なやり方に、怒りは頂点に達し、両手を握り締めた。

友海は割れたガラスを少しずつ拾い始める。


「飯田さん、今はこの部屋を変えたらダメだ。僕に考えがある。任せてくれないか」

「考え?」

「誰がここへ来たのか、それもわかってる。だからこそこのままに……。
君は表に出ちゃいけない。これは僕が解決する。
それにこの状態じゃ、ここには寝られないだろ。今日はうちに泊めてもらえばいい」


友海は、その航の提案に小さく頷き、

テーブルの上に置いた『碧い海の絵』の足跡を、そっと手でふき取った。





澄香は、出てきた男たちに懐中電灯のライトを当ててやったと、

興奮気味に話した。一人の男はわからないが、もう一人は寝具店の跡取りだと、

自信満々に言い切る。


「全くねぇ、何を考えているんだか。今からでも警察を呼べばいいのよ。
証拠なんていくらだってあるんだし、ねぇ、友海ちゃん。
女の子に対して、暴力ふるって、航がいなかったら……」

「おばさん、すぐに警察へは行かない」

「どうして?」


航は『白い軽トラック』の話をした後、

この実行犯の裏には、『野々宮園』の晴弘がからんでいるのだと言った。

あの飲み会以来こじれた関係が、ここまでになり、

あやうく友海が犠牲になりかけたのだ。


「警察に訴えでもしたら、またこっちが恨みを買うだけだ。
いつまでもそんな状態ではいられない。ちゃんと終わりにしないと、
飯田さんが安心して生活できなくなる」


澄香も、航の考えに従い、その日は警察に連絡をすることなく、

それぞれが部屋へ入った。友海は1階の居間へ通され布団に入るが、

明かりを消そうとするものの、部屋が暗くなるのが怖くて、

ひもを引けないまま時間だけが過ぎていく。

目の前の時計は夜11時を回り、静けさだけを増していき、

膝を抱えて座っていると、ふすまを叩く音がした。


「はい……」

「入ってもいい?」


静かにふすまを開けたのは、航だった。

手にカップを持ったまま、

明日提出しないとならない書類を書いていたんだと笑顔を見せる。


「コーヒーでも飲もうかと思って。飯田さんもどう?」


友海はゆっくりと首を振り、そのまま下を向いた。

航は、友海が眠れないのだとわかり、カップを持ったまま隣に腰かける。


「あの、仕事があるのならどうぞ、ちょっと体操だけしたら、すぐに眠りますから」


友海は膝を伸ばし、これから何かを始めるような素振りを見せる。

航は軽く首を動かし、カップを横に置いた。


「意地張るなよ……こんな時まで……」


航の言葉に、友海はまた膝を抱え、大きく溜息をついた。

強気な言葉を出そうと思っても、気を抜くと別の方向へ気持ちが向きそうになる。


「情けないなぁ、こんなことで眠れないなんて……」

「そんなことはない。普通なら震えて立てないところだ。
それでも君が必死に抵抗してくれたから、僕にも叔母さんにも状況が伝わった。
情けないことなんてないから……」


航の優しい言葉に、友海は黙って頷いた。

そして、隣に誰かがいる安心感からなのか、耐えていた涙が溢れ出す。


「どうして、何も悪くないのにこんな目にあわないとならないんだろう。
ガムテープを巻きつけられながら悔しくて、私が男ならあんな力に負けないのに、
いくら頑張ってもどうしても勝てなくて……」


必死に抵抗する友海の姿を思い、航の目頭にも熱いものがこみ上げた。

それでもこうして無事でいてくれたことに、心を納得させようとする。


「私が女じゃなくて男だったら……
父も母も、もう少し違った道を歩けたかもしれないんです」


航は初めて友海が自らのことを語ろうとしていることに驚き、視線を向けた。

友海は航が横で聞いていることを確認し、ゆっくりと語り始める。


「あの『碧い海の絵』を、画廊で見つけたとき、
とっても素敵な絵だなと思ったのは事実です。
でも、もう一つあの絵を欲しいと思った理由は、
私の住んでいた場所から見えた景色に、あの絵が似ていたから……」


父が笑い、母が笑い、真っ黒に日焼けをした友海が、

笑っているあのペンションでの日々。

『碧い海の絵』は、その懐かしい日々を思い出させてくれた。


「もう戻らない日々が……あの絵の中にあるんです」


嵐のような事件が起きたその日の夜、

航は、ただ友海の話だけに集中しようと、耳を傾けた。





25 友海の事情
<photo:tricot>

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コメント

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航に・・

とりあえず間に合ってよかったよ~~~(ホッ)

あのバカボン共(子供以下だわ!) 
犯罪だって分ってないのか?

絵に関わる友海の秘密。
航になら話しても良いと思ったのね。

何か秘策??

ももんたさん、こんばんは。

二話続けて読めてよかったよ。^^
一話づつだったらやきもきしてたもん。

航は間に合ってよかった。
これも何かの知らせだよね。

友海ちゃんも怖い目にあったのに気丈だよね。
そこで洩らした・・・あの絵の秘密。

そういえば友海ちゃんの名前にも海が入ってる。
生まれ故郷の海だったのかな~。


今回悪さにも限度が・・・
ぜったい警察へ直行だ。と思っていたら
航さんにはなにか作戦があるみたいね。

う~~んと懲らしめてやってね^^

近付いたよ

yonyonさん、こんばんは!

>あのバカボン共(子供以下だわ!) 
 犯罪だって分ってないのか?

うん、うん。
集団って怖いんだよ、
普通にわかるはずのことが、
わからなくなる……

さて、友海の過去、
次回、航に語ります。
それだけ二人の間が、近付いた証拠でしょう。

友海の過去

yokanさん、こんばんは

>間に合ってよかった~、ホッとしたわ。。。
 しかし、忌々しいやつらだわね(ー_ー)!!

そうそう、嫌なやつらです。
しかし、彼らのおかげ(?)で、友海は航に
過去を語れることに……

さて、何があったのか、
ぜひぜひ、お付き合いくださいね。

やきもき、やきもき

tyatyaさん、こんばんは

>二話続けて読めてよかったよ。^^
 一話づつだったらやきもきしてたもん。

エ! なんだぁ……
やきもき、して欲しかったのに(笑)

友海の過去
それを知ってもらえれば、
色々なことが、納得してもらえるはず。

>そういえば友海ちゃんの名前にも海が入ってる。
 生まれ故郷の海だったのかな~。

えへへ…、そこらへんも含めてね!