TRUTH 【時の波音】

TRUTH 【時の波音】

TRUTH 【時の波音】



ネコの鳴く声がして、ふと目が開いた。

真っ暗だった空と海は、少しずつ色をつけ始め、水平線も日の出の準備を始めている。

昨日、越野さんにかけてあげたコートは、

窓際の壁に、寄りかかって寝ていた私の膝にかけられ、

すでに彼女の姿はそこになかった。

視線を前に向けると、越野さんはテラスにある小さなベンチに腰掛けていた。

人に付き添いを頼んでおいて、

日の出だけはしっかり一人で見るつもりだったのだろうか。


「そこは寒いだろ、中で待てばいい」


私は何気なくカーテンを開き、外にいる彼女にそう話しかけたが、

越野さんは首を振り、こちらを向こうとはしない。


「越野さん……」

「いいんです……」


搾り出したようなその声が、明らかに震えていて、私は越野さんの腕をひくと、

無理せずに中へ入るようにと告げた。

それでも彼女は首を振り、入ってこようとはしない。


「どうしたんだ。風邪をひくから……中に入りなさい。
中からでも、十分見ることが出来るだろう」


「いいんです……いいんです……ここで……」


触れた彼女の手は冷たく、もうずいぶん前から座っていたように思え、

とてもその手を離すことが出来なかった。

まるで、この寒さの中に、好んで自らを置いているような態度に、

私は心のまま越野さんを引き寄せ扉を閉める。


「私……間違ってました。森住さんにここへ来てもらうなんて、間違ってます」

「越野さん」

「なんでこんなことをお願いしたんだろう。このままここに置いて帰って下さい。
私のことなんて……どうか放っておいてください。これ以上、優しくしないで……。
現実がどこにあるのかわからなくなるんです」


彼女の訴えかける言葉に、どこかに閉まっておいた、心の鍵が、

その瞬間外れていくような気がした。現実がどこにあるのかわからなくなっているのは、

彼女だけではない。いや、私が誰なのか、彼女が誰なのか、そんなことはどうでもいい。

ただ震えている目の前の人から、目をそらせなくなる。


「間違ってはいない……。泣いたりするな」


そう、間違ってなどいない。私は私の意志でここへ来た。

新人を奮起させるために、上司が時間を使っているわけではない。





私は……





ただ、一人の男として、越野柚希の思いを、叶えたかっただけだ……。



「君に言われたから、ここへ来たわけじゃない。
無理に来たわけではないのだから、君が申し訳ないと、思う必要もない」


越野さんの手が、私の腰に触れ、涙に潤んだ瞳がしっかりとこちらを見る。

彼女が『1番』を取りたかった理由も、

私が有野と彼女の姿を見て冷静でいられなくなったのも、

そして、今、なぜ二人がここにいるのかも、

その瞳の中に、私の姿が映り、全てを結びつける。

この場所が特別な場所で、ただ一瞬の心の揺れだったとしても、

その揺れた気持ちを逃すことが出来なくなった。


「私は、君より……10歳も年上だ。それでも、心を預けてくれるのか……」


すっかり冷たくなってしまった手が、ためらいながらも私の頬に触れた。

彼女の腰に手を回すと、引き寄せられた互いの唇が、そっと重なっていく。

ためらいを通り越した互いの思いが、何度もキスに変わる中、

水平線から少しずつ『朝焼け』が、姿を見せた。





カーテンを開き、まっすぐに水平線を上がっていく太陽を、並んで見続けた。

気温が低いおかげで、空は澄んだ青い色を見せ、

深い海の上に、太陽の光が反射している。

嘘、偽りのない気持ちが、ここにあった。

私は、いつの間にか、7年前の女性の面影を持つ柚希自身を愛していた。

有野といる姿を見て、身を引こうと思ったのも、

この気持ちに気づくことが怖かったからだ。

人を思う気持ちを、『恋』と呼べるほど若くはない。

誰かを必死に求めるような思いを、する気持ちにもなれなかった。

それでも今、隣にいる人の息遣いに、気持ちを高ぶらせる自分がいる。

もう一度、心の赴くままに……。


「私、スタイリストになるって、そう……ここで誓ったんです」

「誓った?」

「はい……」


柚希は隣に座る私の手を握り、しっかりと聞いて欲しいのだと合図を送った。

その気持ちに応えるように、私も細い彼女の指を握る。


「小さい頃はこの近くに住んでいたんですよ。
だから、叔父がここでギターを弾くのをよく見に来てました。
ギターとかフルートとか……、私のそばには、いつも音楽があったんです。
でも、家が埼玉に引っ越してしまって、なかなか来られなくなりました。
最後に来たのは……もう、7、8年前になるのかな」


柚希は昇っていく朝日を見ながら、少し寂しそうな顔をした。

軽く唇をかみ、何かを思い出しているのか、小さくため息をつく。

あまり細かいことを聞かずに、彼女の言葉を受け止めようと、黙ったままで次を待った。


「絶対にスタイリストになるって、あのときもここで、この朝日に誓いました。
苦しいことがあっても泣き言を言わないで、頑張るんだって。
だから今日、森住さんにここへ連れて来てもらおうとそう思ったんです」


まっすぐに昇っていく太陽に、何かを誓う気持ちは理解できた。

私ももっと若かった頃には、同じようなことを考えたこともある。

誰よりも上へ、誰よりも輝けるように、決して手の届かない太陽は、

その見本とも言えるものだからだ。


「そのつもりだったのに……。いざ、ここへ来たら、
森住さんと一緒にいられることが嬉しくて、最後にしなくちゃと思っていたのに、
そんな気持ちがどこかに飛んでいってしまって、ただ……」


柚希の目からあふれた涙は、朝日に光って輝いていた。

瞬きをすると、そのゆらゆらとした粒が、1本の線になって落ちていく。


「あなたを好きになってしまったことに、気づいただけでした……」


これ以上、柚希に語らせるべきではない。

私はつないだ指をさらに引き寄せ、泣き顔を自分の胸にうずめさせた。

愛しいとはこういうことを言うのだろう。

彼女が望むのなら、私は今、どんな場所にだって行くことが出来る。

どんな自分でも、さらけ出すことが出来るだろう。


「有野と店を出てくるところを見かけた。
私が食事に誘っていたことが、もしかしたら迷惑なのではないかと、そう思った。
だから、あえて君との距離を開けなければと考えた」


柚希は顔を上げ、すぐにそれは違うのだと表情を変えた。

また、彼女に語らせることになると思い、私はその唇に指で触れる。

確かに感じる息づかいが、これが現実に目の前にある出来事なのだと、

あらためて自分に押し寄せてくる。


「その反面、電話がかかってくることを、いつも待っていた。
また、君の笑顔が見たくて……」


唇に寄せた指を動かし、柚希の頬に光る涙に触れた。

静けさの中に響く波の音と、遠くに聞こえるエンジンの音。


「君を愛してしまうことが……怖かった」

「森住さん……」

「年を取ると、プライドだけが高くなる」


柚希は首を何度も振りながら、視線だけはずっと私を捕らえていた。

何をしてあげればいいのだろうかと、頬に触れた指を離した。

今、この自分を別の場所から見ることが出来るのなら、

鼻で笑いたくなるくらい、滑稽な顔をしていないだろうか。

何度も経験してきたはずなのに、心を伝えるのは、難しい。


「私、美人でもないし、頭もよくないですけど、でも……、ネコだけには強いです。
きっと、役に立ちますから」


柚希のそんな発想に、緊張していた気持ちがふっとゆるんだ。

柚希は恥ずかしそうに顔を赤らめ、私はそんな顔が見たくて、強引に上へ向ける。


「それなら、これからは安心だ」


昇る朝日の眩しさと、柚希の輝く瞳が重なり、

私はその光を逃すまいと、もう一度抱きしめた。





それから、仕事を終えると、互いに時間を合わせ自然と会う日が増えた。

始めは上司と部下のように緊張していた会話も、少しずつその差を埋めるように、

近付いていく。

冬が厳しさを増す2月頃、互いの肌にぬくもりを求め合うようになり、

柚希との時間は、私の生活を変えた。





春の匂いが少しずつ聴こえてくる日、新商品の最終チェックをして欲しいと、

珍しく沢木が私を誘った。

通販部門に関しては、今まで一度も話をしてこなかったのにと思いながら、

『トワレ』へ急ぐ。


「森住さん、お久しぶりです」

「あ……どうも」


社内に入り、すぐに声をかけてきたのは、北条芳香だった。

今回は彼女の方から、私にも声をかけて欲しいと沢木に告げたことを知り、

あいつの気持ちを考えると、さらに複雑な感情をもたれるような気になった。

会議室には翠の姿も見え、その隣には相変わらずつまらなそうな愛梨さんが座っていて、

私の顔を見ると、軽く手を振ってくる。こちらは相変わらず、自由気ままなようだ。


商品は以前出したものに比べると、容器の形を変え、

ファッション性をより高めたものになった。

確かに、この容器なら、店に置いてあっても、目をひくだろう。

開発担当者の挨拶、部長の挨拶などが続き、お披露目会が終了したのは、

1時間以上経ってからのことだった。なかなか会えないのでと、翠から声をかけられ、

場所を移動し、別の打ち合わせをする。


「北条さん、聡の方が上だって、そう思ったみたいよ」

「上ってどういうことだ」

「沢木琢磨は規定どおりのことは出来ても、そこから先がないの。
思い切ってやってみようとか、変えてみようとか、だんだん飽きてきたんじゃないの?
元々、飽きやすい性格なんだから」

「人をおもちゃみたいに言うなよ。
こっちは、また沢木との関係が複雑になるんじゃないかって、気が……」


その時、また以前のような腹痛が起きた。

言葉を途中で止めたことに翠が驚き、どうしたのかと心配そうな顔をする。

ほんの一瞬で納まり大丈夫だと返事をするが、自然と視線をそらしてしまう。


「そういえば顔色、あんまりよくないけど、ねぇ、忙しすぎて疲れているんじゃない?」

「忙しすぎるほど働いてないよ。これでもしっかり休みは取ってる」

「本当に?」

「あぁ……」

「ならいいけど。どうせ私が心配したって、本当のことなんて言わないだろうし」

「トゲのある言い方をするなよ」


翠は春のイベントの総合図面を広げ、ある1角のスペースを指差した。

『トワレ』の新商品を理解してもらうため、

ここで実際にシャンプーやブローを経験してもらいたいのだという。


「聡のところの新人、何人か貸してくれない? 
実演販売の方が、絶対に注目されると思うのよね。
蓋を開けて鼻で匂いを確認するより、使い心地と、その後の香りを感じて欲しいのよ」

「うーん……」


私一人の意見で決めることではないため、その場での返事は避け、

改めて連絡をすると席を立った。駐車場へ向かうとき、声をかけてきたのは、

愛梨さんで、大きなバッグを抱えたまま車に乗せてくれないかと頼んでくる。


「どこに行くの? 翠には言った?」

「ううん……。だって、沼尾さんに言うと、抜けさせてくれないんだもの。
でも、今日は絶対に練習しておかないと、本番に自信がもてないから」

「本番?」

「コンサートをするんです」


翠にナイショだというところはひっかかったが、

実際、仕事をする翠にすれば、愛梨さんがいないほうがはかどることも確かで、

ここはお嬢様に恩を売ろうと、後部座席を提供する。


「森住さん、彼女いるんですね」

「どうして?」

「だって、助手席に座らせてくれないから。そこは彼女のものってことでしょ」


女性の考えることはおもしろい。

私が後部座席を勧めたのは、そんなつもりではなかったが、あえて否定することもなく、

エンジンをかけた。それでも心配をかけるのはよくないと、愛梨さんに隠れて、

翠には彼女を車に乗せたことだけは報告する。


「どこへ向かうんですか?」

「さくらホールです。だから大通りに出たら、下ろしてください」

「了解です」


『トワレ』の地下駐車場から外へ出ると、みぞれ混じりの雪がちらつき始めていた。

愛梨さんはこのまま降り積もるのだろうかと空を見上げている。


「大丈夫ですか? 大通りで」

「はい、待ち合わせがあるので」


そういうと愛梨さんはカバンから何枚かのチケットを取り出し、

空いている助手席の上に置いた。

信号で止まったときそのチケットに目をやると、『CHINAMI』という文字が確認でき、

そういえば以前、愛梨さんの大学の先輩だと、聞かされたことを思いだす。


「大学の先輩だって言ってたよね、この人」

「はい、もう亡くなったんですけど、フルート奏者で、
プロなんですけど、無償で恵まれない子供たちのためのコンサートをしていたんです。
だから、私たち後輩がその後を継いで、へたくそなりに続けているんですよ」

「……亡くなったんだ」

「はい……。もうそろそろ8年になります。あ、ここで、ここで止めてください」





8年前に亡くなった……





その言葉を聞いたとき、どこか遠くになっていく記憶が、また呼び戻される気がした。

もう少し愛梨さんに聞いてみたいところだったが、目的地になったという理由で、

彼女は車から降り、軽く手を振り地下鉄の駅の中へ消えていく。

私は残されたチケットを手に取り、『窪田千波』という名前をもう一度目で追った。






【真実の鼓動】


森住の心は、どこへ向かうのか……
いつもありがとう。1ポチの応援、よろしくお願いします。

コメント

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のんびりさんで、すみません

拍手コメントさん、こんばんは

>なんだこのままうまく流れていくといいんだけど、
 そうじゃなさそう。

あはは……そうなんだよね、
そうじゃないんだと、予想をされてる(笑)

すみません、2週間に1話なので、のんびりでしょ?
あの人……については、
どうなんだろうと想像しながら、
次回をお待ち下さい。

きゃ~、ついに*^^*

思ってた以上に急接近!&愛の告白〃▽〃きゃ~
森住さんかっこいいし、柚希かわいいし~(*^^*)

そして、ついに7年前、もう8年前になるのかな。。
あの女性が明かされるのかしら~

やっと素直になれたね・・・^^v

ちょっと大胆にも思えた柚希ちゃんの『最後の願い・・・』

でも、そのおかげで森住さんもやっと自分の気持ちにやっと素直になれたってことだね^^

朝焼けの中、お互いの気持ちを確かめ合い、
心を近づけていく二人がとっても美しくて(〃▽〃)
・・・暫し素敵な時間に浸っていたんだけど
まだまだ、このまますんなりとは行かないみたいだね^^;

森住さんの体調もちょっと気になるところなんだけど
いよいよ明らかになる!?七年前の女性・・・

次回!又楽しみに待ってるね~^^

感無量(= ̄▽ ̄=)V やったね

やっと、森住さんと柚希ちゃんが上手くいってよかったU\(●~▽~●)Уイェーイ!

まだ、あの時の女性の謎が明かされていませんが・・・
8年前に何かつながりがあるのですね・・・・。
これからも 森住さんに会えるのを楽しみにしてます♪

キャー!

れいもんさん、こんばんは

>思ってた以上に急接近!&愛の告白〃▽〃きゃ~

キャー!
れいもんさんのキャー! に反応しちゃいます(笑)
そうそう、思ったよりも進んだでしょ?
朝焼けが、大胆にしたのかもしれません。

そして、『あの女性』の正体がわかります。
それは次回で!
(来年になりますが、またおつきあいください)

想像、空想中

パウワウちゃん、こんばんは!

>朝焼けの中、お互いの気持ちを確かめ合い、
 心を近づけていく二人がとっても美しくて(〃▽〃)

うわぁい、嬉しいな。
こんなシチュエーションに、自分が浸ったことがないので(笑)
想像、空想も難しいです。
すんなり……とは、まだいかないようですよ。

そして、『あの女性』の正体、
それは次回へ!
(来年になりますが、またおつきあいください)

つながり

yasai52enさん、こんばんは

>まだ、あの時の女性の謎が明かされていませんが・・・
 8年前に何かつながりがあるのですね・・・・。

はい、つながりがあるようです。
それは次回にわかります。
(来年になりますが、またおつきあいください)

もしや……

yokanさん、こんばんは

>もしや・・・ここで越野さんと繋がるのか・・・

もしや! うーん……
今は言えないのですが、
長くかかっている『あの女性』の正体が、
いよいよ次回、わかります。
(来年になりますが、またおつきあいください)

嬉しいです

拍手コメントさん、こんにちは。
(拍手からコメントをいただくと、
このようにお返事をしています)

>私70歳です。
 でもこのような物語、ドキドキしながら読んでいます。

年齢のことを言ってしまうのは
いけないことかもしれませんが、
お年を伺って、ここへ来て下さっていることを知って、
とっても嬉しくて……。

いい大晦日になりました。

女性は、いくつになっても、
ドキドキが大切だと思います。
私の作品が、少しでもお手伝いできているのなら、
よかった……です。

私もマイペースに続けて行きますので、
来年も、よかったらおつきあいくださいね。

ありがとうございました。
良いお年を!