25 友海の事情

25 友海の事情




友海が住んでいたのは、静岡の伊豆、山と海が両方楽しめるような場所だった。

大きなホテルはなく、ペンション経営者が何件が集まり小さな集落が出来ていて、

友海の両親も、そこで営業を続けていた。

大繁盛というわけではないが、リピートの客も多く、

夏休みや週末には予約がしっかりと入り、母の料理を喜ぶお客様たちに、

友海もかわいがられた。


しかし、その土地をあるリゾート開発会社が買いたいと言い始め、

大きいホテルが出来てしまうのなら、思い切って売ってしまおうとする人たちと、

自分たちの場所を守りたいと突っぱねる人たちで、

小さな集落は二つに分かれてしまう。

その中で一番地元に長く住んでいた会長が、突然売却反対派を集め、

今ならば条件をさらによくして買い取ってもらえるのだといい、

まとまっていたはずの反対派は、ほんの2、3ヶ月で、

ほとんどの家が売却派に混じってしまった。


「父はその集会に呼ばれませんでした。
元々、開発などしないほうが、自然を求めるお客様が来るという考えだから、
会長さんとは意見が合わないことが多くて、始めから外されていたのかもしれません。
その集会後、近所の人たちに言われたことは、私には忘れられないものになりました。
『どうせ、娘さんしかいないだろうが』って。
さっさとこの土地を売ってしまえと、そう言いたかったんだと。
女はだめだ、引っ込んでいればいい……。母に対するそんなセリフも
何度も聞いた気がします」


航は、自分が土手で落ち込んでいる時、

友海が取り乱し、急にその場を立ち去ったことを思い出した。

いつも負けずに意地を張るのも、自分が女で弱い立場だと思っている部分を、

跳ね返すためなのだと理解する。


「今思えば、会長さんは業者とつながっていたんです。
土地を離れる人が増えて周りが荒れ始めると、
営業しているペンションにも、予約がなかなか入らなくなりました。
観光協会も、ここは閉鎖になるようなことを言い始めてしまって……。
そんな時、父と一緒に最後まで反対派だった谷尾さんのご主人が、
酔った状態で会長の家に行ってしまったと、奥さんから電話が入って……」


友海の父親が谷尾さんを止めに向かうと、

会長の家で包丁を持ち、口論になっている場面に出くわした。

反対派の二人が偶然揃い、会長はとんでもないことになったと大騒ぎをし始める。


「もみ合っているうちに、たまたま父が谷尾さんから取り上げた包丁が、
会長の左腕に当たって、傷を負わせてしまったんです。
町の人が来たときには、会長はうずくまっていて、
そばには包丁を持った父と、呆然とした谷尾さんが……」


友海の父が悪くないのだと言うことは、谷尾さんの説明などでも理解され、

それ以上の事件にはならなかったが、噂だけは一人歩きしてしまい、

『飯田さんは、お世話になった会長への恩も忘れ、憎くて刺したのだ』と

曲がった話が伝わってしまう。

それまで仲良くしていた近所の人たちも、お店の人たちも態度を変え、

何も悪くない友海の両親は、最後まで守ろうとした土地を、

たいした値段にならないまま、手放すことになった。


「父は何も悪くないのに、欲に身を任せた会長の方が得をして、
怪我をしたおかげで、みんなからよく思われるなんて、
そんな理不尽なことがあっていいのかと、私は悔しくて……。
それだけもめたのに、結局リゾート開発はご破算になって、土地はそのまま……」

「何も出来てないの?」


友海は小さく頷くと、それを知った後、

なんとかお金を作って買い戻したいと不動産屋へかけ合ったが、

今じゃ、誰が管理をしているのかさえわからないと返事をされ、

どうしようもなくなったのだと唇をかみ締めた。


航は、そんな友海の表情に、初めてスタンドで会った日のことを思い出した。

立場が上の人間にも引くことなく意見をし、自分の考えを主張した。

そして、飲み会では出来上がっていた雰囲気を壊してまで晴弘達に逆い、

最後まで意地を通した。

専務である海人が店へ顔を出しても、遠慮することもなく、

また、権力に媚びることもない。


友海が、意地を張ることも、家を欲しがったことも、お金を貯めたがったことも、

そして、あの『碧い海の絵』を欲しかったことも、航の中で全て納得がいった。


「権力とか、地位とかを振りかざす人が、私は嫌いです。
正しくもないのに、事実を曲げてしまう。気に入らなければ、暴力に訴えて、
それを女だから正すことも出来ない。今だって……」


友海は両手で自分を抱き締めるようにしながら、

少し前の気分が悪くなるような時間を、思いだしていく。


「理不尽なことがあるたびに、どうして女に生まれたんだろうって、
情けなくなるんです。どうして正しいのに力が弱いからって、
耐えなければならないんですか」


航は黙ったまま下を向いた。友海の言いたいことが伝わるだけに、

どう言葉を返したらいいのかが、わからなかった。

友海の心底からの叫びに、もし、異常に気付くのがあと何分か遅れていたら、

彼女は今、ここにいなかったのではないかという思いさえ、

航の心の中に浮かび上がる。


「ごめんなさい、成島さんにぶつける話しじゃないですよね。
助けていただいたのに、また……嫌なことを……」

「いや……そんなことないよ」


外を歩く人も、走る車の音もない、静かな夜だった。

それだけに航の心には、ずっしりと友海の気持ちが、入り込んでくる。


「でも、『天神商店街』との協力は、私も実現して欲しいと思っているんです。
成島さんなら……きっと、やってくれるって。
一緒の仕事をして、一緒に汗をかいてくれるあなたなら……」

「飯田さん」

「はい……」

「そう思ってくれているのなら、一つだけ、また余計な忠告をしてもいいですか?」


航はそう言うと、横に座る友海の腕を見た。

もみ合った中で、割れたガラスに触れたのか、うっすらと切り傷が残っている。


「確かに、力では男に勝つことは出来ないかも知れない。
世の中にはずるいことをして、地位や権力を振りかざす人も確かにいます。
そんな理不尽な状況の中にいると、腹が立つし、空しさも感じるはずだ。
でも、それはあなたが今まで、一人で戦かってきたから悪いんです。
同じ想いを持つ人達と一緒に立ち向かえば、負けばかりになるとは限らない。
いや、たとえ負けたとしても、また立ち上がる気持ちになれるはずだ。
あなたが求めるのなら、僕はいつでもその力を貸しますから」


航はそう言うと、自らの左手を広げ、じっと見た。

友海は自分とは違う、航の大きく広い手を見ながら、

この人に何度助けてもらったのだろうと考える。


「だから……女性に産まれたことを、嘆いたりしないで欲しい。でなければ……」


航の言葉が止まり、友海がその横顔を見ると、視線の動きに気付いた目が、

互いにしっかりと相手を捕らえていく。


「僕の気持ちの行き先が、なくなってしまう」


友海を女性として見ていること、一人の人間として、航は素直な思いを口にした。

友海は息苦しいような暗闇の中で、ただ、航の姿を探し、

心の声をあげたことを思いだし、また、涙がにじんでいく。


「負けないで頑張ろうとするあなたも、
ちょっと強がりだけど、それでいて優しいあなたも……、僕は好きなので。
だから、今そのままの自分を、無力だなんて嘆かないで欲しい」


航は自分の方へ友海を引き寄せ、そっと腕を回した。

優しく、そして包み込むような強さに、友海の体からは自然に力が抜け、

航の胸に身を任していく。


「間に合ってよかった……」


友海は全てを話せたからか、今までに感じたことのない安らぎの中にいた。

そのまま目を閉じ、自分の心が今、素直になっていることを確認する。

確かに聞こえる航の息づかいと鼓動が、寄り添う友海の心にもしみていった。





友海が目を開けると、航の姿はなくなっていて、

自分の体には、しっかりと布団がかかっていた。

おそらく航にもたれかかっているうちに、寝てしまったのだろう。

時計を見ると、6時少し前で、友海はふすまをそっと開く。

まだ台所に澄香の姿はなく、布団をたたみ台所へ出ると、

昨日の夜、航が使ったカップが流しに残っていて、それを洗い、かごに入れた。


「あら、友海ちゃんおはよう、早いじゃないの。まだ寝ていたらいいのに」

「今起きました。二度寝をしたらきっと、仕事に遅刻しそうだから」

「そう? ねぇ、眠れた?」


心配そうに問いかける澄香に、友海は頷くと、大丈夫ですと返事をした。

一人っきりのアパートではなくてよかったと思いながら、

朝食の準備を手伝い始める。


「……おはよう」


階段から降りてきたのは航だった。

友海が、おはようございますと返事をすると、航は嬉しそうに笑い、

ちょこっと頭を下げる。新聞を広げコーヒーメーカーを準備しながら、

仲良く台所に立っている澄香と友海に、自然と視線を向けた。


「あぁ、いいわね。おばさんに娘がいたら、
こんなふうに一緒に食事の支度とかするのかしら」

「いいじゃないか、しばらく飯田さんにここにいてもらえば」

「そうね」


澄香は航の提案に楽しそうに笑い、そんな二人を見ながら、友海も笑顔になった。





友海はいつもの時間にスタンドへ向かい、仕事を始めた。

今日は市場の定休日で、比較的店内は空いている。

それでも、洗車予約の入っていた幼稚園のバスが3台到着し、

少しずつにぎやかになっていく。


商店街のシャッターが上がり始める午前9時過ぎ、航は『寝具店』の前に立ち、

一度大きく息を吐いた。友海の涙を無駄にしないためにも、ここで失敗は出来ない。


「おはようございます。『SI石油』の成島と申します」


航の声に出てきたのは、昨日のことなど何も知らない母親だった。

うちはまだ専属契約のことは考え中だと言い、出て行ってくれとそっけなく告げる。


「いえ、今日はそのことで来たわけではないんです。
息子さんはいらっしゃいますか?」

「は? うちの翔太になんの用なんですか」

「忘れ物がありますと……お伝え願えますか?」

「忘れ物? どこにですか?」

「翔太さんに、直接取りに来ていただきたいんです」


航の真剣な表情に、『寝具店』の母親は奥の居間にいた翔太に声をかけた。

何か言い合いをしている声が、店の外に立つ航の耳にも聞こえて来る。


「何を忘れたんですか? 知らないって言うんですけど……」

「昨日、これからのことを話すために、どうもうちへ来ていただいたようなんですが、
あいにく僕が留守をしていまして、入り口が分からなかったのか、
迷い込んでしまったようなんです」

「迷い込んだ?」


そこまで話を進めた時、柱の横には男が一人立っていた。

航はその影を感じながら、さらに話を進めていく。


「もし、翔太さんの都合が悪いのなら、僕が別の方を連れて行って、
忘れ物の持ち主を確認してもらいます」

「……て」


震えるような声が、航の耳に届き、聞こえないふりをしたまま、

店の扉をわざと開けてみせる。


「ちょっと待て……」


航は、柱の影から出てきた男に向かって軽く頷くと、1枚の紙を取り出した。





26 守るべきもの
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

女だからこそ!

友海が女性でよかった。と思っている人が確実に一人居る。
女だからというだけで諦めてはいけない。
女で泣ければ出来ないことって沢山ある。

さーてこの事件を航はどう処理するのか。

バカボン二人、きっちり責任とらせましょう!

そうだ、航がいる!

yonyonさん、ふたたびこんばんは!

>友海が女性でよかった。と思っている人が確実に一人居る。

そうだ、隣にいる!
私なら、こんなことを言われた日にゃ、もう……
ドキドキが止まりませんけどね。

航のさりげない告白に、心を許した友海。
反発しあっていた二人ですが、
重なり合いつつ、あるようです。

さて、バカボン達、
どうなるのでしょう。

友海、心を開きました

yokanさん、こんばんは!

>柱の男は敵?それとも味方?

あ、柱の男は、寝具店の息子です。
航はわかっていて、遠回しに責めているのです。

友海の過去は、こんなものでした。
意地を張り、お金をためてきたのも、
事情がありまして。

でも、航の告白に、
久しぶりに心を開くことが出来ました。

>おばさんと一緒に台所に立つ朝の風景、いいね~♪

こんな普通の姿が、『幸せ』なんですけどね……
これから、展開が変わり出します。
もうしばらく、おつきあいください。