20 彼の思い出(2)

20 彼の思い出(2)


私は、スタッフのミスでピンチになった米原さんから、

『オレンジスタジオ』へ呼び出され、

ちょうど撮影中の日向さんを見に行こうかと誘われた。

一人なら田沢さんに怒られそうだけれど、米原さんが一緒なら可能だろうと、

私は頷き、撮影現場のスタジオへ顔を出すことにする。


米原さんがいる楽屋は2階にあり、日向さんが撮影しているスタジオは5階。

1階から無人で到着したエレベーターに、私と米原さんが乗り、

そして、そのまま3階へ進む。


「あ……いやだ、まずい。携帯忘れちゃった。
史香、先に上へ行ってくれる、すぐに行くから」


米原さんは3階に止まったところで、慌ててエレベーターから下りてしまい、

私一人になった。ドアが閉まりかけた時、手が急に現れ、

ガタンと音を立てて、扉が一度跳ね返る。


「おっと……」


そこに乗ってきたのは、畑山さんだった。

後から『無表情なメガネザル』さんが乗ってくるのかと思ったが、

その後は続くことなく、完全に扉が閉まった時、畑山さんがゆっくりと私の方を向いた。


「前島さん……だったよね」

「はい……」


畑山さんが何かを言おうとした時、エレベーターは一度大きく揺れ、

そのまま動かなくなった。ブザーがしばらく鳴り、非常用の灯りに切り替わる。


「あれ? 止まってませんか?」

「ん?」


私はすぐに階数表示の上にある『連絡用ボタン』を押した。

何秒後かに声がして、管理会社の人が『どうしましたか』と問いかけてくれる。


「あの、『オレンジスタジオ』の第4エレベーターなんですけど。
動かなくなっているみたいなんです。どうなっているんでしょうか」

『オレンジスタジオですか?』

「はい、そうです」

『今、調べます、お待ちください』


一度、交信状態が途切れ、エレベーターの中は静かになった。

畑山さんは左奥に立ったまま、手に持っているポーチを見ているだけで、

あまりこの状況に、動じているようには思えない。


カシャカシャと、また通信状態に戻り、管理会社から明るい声が響いた。


『すみません、電気系統のトラブルがあったようです。
異常がないのか確認し、すぐに修正しますのでお待ちください』

「エ……あの、どれくらい待つんですか?」

『15分もあれば……』

「エ! 15分、このままなんですか?」


その問いに答えてくれることなく、また通信状態がプッツリと切れた。

私と畑山さんは、薄暗いエレベーターの中で、一番遠い距離を保ちながら、

互いに別方向を見る。


『オレンジスタジオ』のエレベーターは、私と畑山さんだけを乗せた、

とても居心地の悪い状態で止まってしまった。

管理会社の人が、すぐに対応すると余裕の声で答えてくれたが、

その15分がとても重たいものになる。とりあえずバッグから携帯電話を取りだし、

米原さんに連絡を入れた。エレベーターが止まっていることで、

気付いているかも知れないが、変な心配をされたら大変だ。


「あ……携帯持ってるんだ。じゃぁさ、うちのマネージャーに連絡入れてくれない? 
5階のスタジオに残っているはずだから。淳平も今日、撮影でしょ?」


畑山さんも、この間、家の中でプレゼントを探していた日向さんと同じく、

『赤鼻探偵』の記念企画のため、私物を提供し、その写真撮影が入っていた。

5階にある小さなカメラスタジオに、雑誌社の方がスタンバイしていて、

二人を時間差で撮るつもりだったのだろう。


「わかりました」


何度目かの呼び出し音で、米原さんの慌てた声が届いた。

とりあえず管理会社の方と連絡を取ったこと、

仕方がないのでここでしばらく待つことを告げる。


「一人?」

「いえ、あ、そうです。畑山さんが一緒で……」

「エ! 宗也が一緒? そうなの? どうして?」


私は、畑山さんが5階のスタジオに行くところだったことを話し、

待っているマネージャーさんに連絡をして欲しいことを付け加える。


「わかった。じゃぁ、宗也もそこにいるって、戸部君に言えばいいのね」

「戸部……あぁ、戸部さんって言うんですね。そうです」


『無表情なメガネザル』さんは、戸部さんだった。

受話器を閉じると、エレベーターの隅に座っている畑山さんが、クスクス笑っている。


「どうして笑うんですか」

「戸部のこと、何て呼んでいたのかな……って」




まったくもう……。人の会話をしっかり聞いているんだから。




それでも私は『無表情なメガネザル』だとは言えずに、視線をそらした。

携帯電話の時刻表示を見てみたが、まだ1分しか経っていない。

この重苦しい時間を、あと14倍も過ごすのかと、気持ちがまた重くなる。


「なぁ、あの子どうした? 元気? ほら、見習いの……」

「あぁ、保坂ですか? 今も頑張ってレッスンに通ってます」

「ふーん……」


畑山さんはそれだけ聞くと、また黙ってしまった。

別に、長い会話をしたいわけではないけれど、エレベーターに乗る前、

そう、今日最初に畑山さんを見かけた時から、どこか下を向き、

なぜかいつもと違って見えた。



『畑山君といろいろあった人だからね』



畑山さんも、高原さんの婚約発表のことは、すでに知っているのだろう。

どういう理由があって別れたのかは知らないが、

どんな気持ちで、会見を見つめたのか、ほんの少し気になり横を見た。


「あーぁ……本当に腹が立つなぁ。予定外のことをすると、こういう面倒なことに遭う」


畑山さんはそう言うと、エレベーターの隅に座り込んだ。

視線だけがこちらを向き、無言のままで私を見る。

そのまっすぐな視線に耐えられず、助けを求めるように携帯を開くと

なんとか4分が過ぎた。


「なぁ……前島さん、彼氏いる?」

「……どうしてそんなことを聞くんですか?」

「ん? あんまり匂いがないから」





匂いってなんだろう。





どういう意味だかわからなかったけれど、余計なことを言って、

余計な情報を入れる必要もないと黙っていたら、携帯にメールが届いた。



日向さんだった。



『史香、大丈夫か? 宗也から一番離れた場所にいろ。
何かあったら大きな声を出せば、外にも聞こえるから』



印籠代わりに、そこに座る畑山さんに、このメールを見せてやりたいくらいだったが、

そこはグッと我慢した。私は『大丈夫ですよ』と心配する日向さんに返信する。

どんよりした空気の中に、このメールだけが私を励ましてくれた。


そう、大きな声なら自信がある。

だから、何が起きても、大丈夫なんだ。


きっと、米原さんが別のエレベーターでスタジオに到着し、

日向さんに私が閉じ込められたことを教えたのだろう。

メールの画面を見つめていると、今度は携帯が鳴り出した。

日向さんかと思い名前を確認すると、田沢さんの名前が記されていて、

背筋を伸ばして受話器を開ける。


「はい……あ、あの……」

「すみません、『サウンドプロダクション』の戸部と申します。
うちの畑山と代わっていただけないでしょうか」

「あ……はい」


田沢さんの電話でかけてきたのは、畑山さんのマネージャー戸部さんだった。

私はすぐに戸部さんからだと、畑山さんに携帯を渡す。


「もしもし、何?」


何を言っているのか聞こえないが、

わざわざ連絡してくるのだから、重要なことなのだろう。


「なんだよ、それ。待っていてくれって言っただろうが!」


いきなりの声に、私はどうしたらいいのかもわからず、さらに身を小さくした。

畑山さんが怒っている姿を、見たことがないわけではないが、

こんなふうに声を荒げる姿は、初めて見る。


「もういいって、どういうことなんだよ。
あと一つ出したいものがあるって、そう言っただろ。
何してるんだよ、戸部。ちゃんと止めておいてくれって……。
いいんだよ、これを出したいんだ! 向こうにわかったって構わない!
いらないから返して寄こしたんだろ」


結局、畑山さんは受話器をそのまま閉じ、私の方に向かって差し出した。

私はそれを受け取り、しっかりと握る。


「……ったく」


カシャカシャとその時、また通信状態に変わり、

今、修正が終了しましたと管理会社からの声が聞こえた。

15分かからない素早い対応に、畑山さんの怒りの声で、

さらに居心地が悪くなっていた私の心はほっとする。


何か機械が動く音が聞こえ、外から人の声がし始めた。

おそらく扉の向こうは野次馬がいるだろう。

米原さんや日向さんは、スタジオにいるんだろうか。

それとも、この扉が開いた時、顔を見せてくれるだろうか。


『少し大きく動きますので、気をつけてください』

「はい……」


グーンという大きな音がして、止まっていたエレベーターは上昇し始めた。

回数表示は4階と5階の間を示し、この時間が終わることがわかる。


「前島さん……」

「はい」


振り返った時、私の体は畑山さんの腕の中にあった。

どうして私の体に、畑山さんの腕が回るのかわからないでいると、

耳元に言葉が届くのと同時に、扉が開いてしまう。


「これ、やるよ」

「エ……」


『オレンジスタジオ』のスタッフさんが、私と畑山さんを出迎えてくれたが、

予想外とも言える、抱き合った状態に静けさだけが漂った。





嫌な予感がした。





野次馬の少し後ろの方に立っているのは、絶対に日向さんだもの……。





だって、頭一つ背が高くて、目鼻立ちも……。





どうして、バッチリ目があっちゃったんだろう。

あの……これには……。ちゃんと理由が……。





あ、理由? 理由がない!





「なんてね。驚かせた?」


畑山さんが私を腕から外し、驚いている野次馬にそう笑って見せた。

スタッフさんたちは、そこから急に笑い声を響かせ、

怪我がなかったかどうかを聞いてくれる。

私の手には、畑山さんから押しつけられたポーチが残ったままになった。


「史香、よかった……」

「はい……」


米原さんがかけより、私の手を引いてくれた。

日向さんは無言で背を向けてしまい、そのままスタジオへ歩いて行く。

とにかく無事なのはよかったけれど、日向さんの不満そうな態度と、

誤解しているかも知れないこの状況を、どうにかしてもらえませんか?





ねぇ、畑山さん! あなたの責任なんですけど!





後ろを振り返って見たけれど、畑山さんはスタッフ達と笑いながら別の場所へ向かい、

私はどうしようもない重い空気を漂わせながら、

日向さんのスタジオへ向かうことになった。






21 彼の思い出(3)


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コメント

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まったくもう~!!

淳平と史香の心を惑わすようなことをしてはいけません!!
まったくもう!!

行き場のなくなったポーチを勝手に押しつけて~~
しかも、勝手に腕を回すとは何事だ~!

おそらく高原さんとの思い出の品の入ったポーチで
企んでたことが未遂に終わったので
そんなことして気を紛らわせたかったのかもしれませんが。。

あ~あ、史香、どうする?!
淳平~!平常心で演技してね。。無理か。。

この続きは、年内にあるんでしょうか?!
気になって気になって年が越せないかもしれません(笑)

こら、こら、こら!

こら!畑山!
なにやってんだ!

でも、ちょっとご機嫌ナナメな
日向さんも見てみたいきがするぅ・・・

続きを楽しみにしています♪



畑山~~~!!!

本当にもう!こんなことするから
畑山さんって軽く見られちゃうんだよね

たぶん高原さん絡みだろうポーチを
何とかしたいって気持ちもあったのかもしれないけど・・・

一気にご機嫌斜めな淳平君
さっきあれほど注意したのに・・ねぇ(>_<)

まあ、たまには淳平に焼きもち妬かすのも良いかも・・だけど
仕事に響くといけないもんね

どうか早く誤解が解けますように~^^

やきもち?

思い出の私物、提供しちゃって忘れたかったのかな?
でもとんだアクシデントでとばっちり。

え、え、畑山???

まさか淳平とのこと何とな~~く分って、ちょっとイジワル?

あーー怒っちゃったよ。どうすんの史香・・・

でもやきもち焼いて拗ねる淳平可愛いかも♪

うさぎが跳ねてから

れいもんさん、こんばんは!

>行き場のなくなったポーチを勝手に押しつけて~~
 しかも、勝手に腕を回すとは何事だ~!

あはは……怒ってますね。
そうそう、押しつけられたんです。
『何するんですか!』といけないところが、
史香なんですけどね。

さて、その瞬間を見てしまった淳平
どんな態度を取るのでしょう。

……ごめん、続きは来年になりそうです(笑

斜めが好き

ヒャンスさん、こんばんは!

>でも、ちょっとご機嫌ナナメな
 日向さんも見てみたいきがするぅ・・・

ふむふむ……ヒャンスさんは斜めな淳平を
お望みなのですね。
どうなるのかは、次回へ続きます。

でも、斜めが見たいって気持ち、
よくわかるわぁ(笑)

そうなんだよぉ

パウワウちゃん、こんばんは!

>本当にもう!こんなことするから
 畑山さんって軽く見られちゃうんだよね

そうそう、そうなんだよね。
でも、一瞬静まりかえるだろうな、普通。

さて、忠告したのに、
まんまと嵌ってしまった史香。
淳平は、どうするのでしょうねぇ。

畑山の直感?

yonyonさん、こんばんは!

>え、え、畑山???
 まさか淳平とのこと何とな~~く分って、ちょっとイジワル?

ん? 畑山の直感?
さて、そこはどうなんでしょう。
ムッとした状態で背を向けた淳平。
どんな態度を取るのかは、次回へ続きます。

彼も人なり

yokanさん、こんばんは!

>畑山君も辛い恋をしていたような・・・
 しかし、日向君がこれからどういう態度を見せるのか。

人気タレントも、きっと振られることくらいあるでしょう。
そんな宗也の話と、瞬間を見てしまった淳平。
話の続きは、もちろん次回へ続きます。

コノヤロ(-_-#)

エレベーターに閉じ込められたこの状況で
冗談とばすとは。

淳平が勘違いするではないですか!
もしかして、畑山さんて・・・ふたりの中を知ってるのか?

前回ちょっと傷ついた風の畑山さんが気になった史香は・・・
せっかく優しい気持ちを見っていたのに


でも、彼って結構ナイーブなのかもしれない。
とちょっと思うのでした。^^

そこらへん

tyatyaさん、こんばんは

>淳平が勘違いするではないですか!
 もしかして、畑山さんて・・・
 ふたりの中を知ってるのか?

知ってるのか? さて、どうなのか?
畑山のアンテナが光っているんでしょうか。
そこらへんは、さらに続きます。

>でも、彼って結構ナイーブなのかもしれない。
 とちょっと思うのでした。^^

お! tyatyaさん、そう来ましたね。
さて、そこらへんも、さらに続きます。