26 守るべきもの

26 守るべきもの




「いらっしゃいませ」


友海は止まった車の窓を拭きながら、店の壁にかかる時計に目をやった。

時刻は10時を過ぎ、『天神商店街』も動き始めていることが予想できる。

任せてくれと言った航が、どうしているのか心配になり、

視線はすぐに横断歩道へ向かう。

『天神通り商店街』からの道は、ここ1本だ。


友海が心配そうに顔を上げたその頃、航は寝具店を離れ、

『野々宮園』を訪れるところだった。

開店準備をしていた晴弘の父親が航に気づき、航も立ち止まると頭を下げる。


「どうしましたか、『SI石油』さん。こちらに直接出向くとは」


寝具店の親同様に、昨日の出来事など、何も知らないのだろう。

晴弘の父親は、頭を下げた航が、仕事のことで来たのだと勘違いする。

航は、今日は仕事のことだけではないのですと前置きをつけ、

晴弘がいるのかと問いかけた。


「晴弘? あいつに用ですか」

「はい。年齢の近い者同士のほうが、色々とわかっていただける気がするので」


店の裏で待つように言われた航は、『野々宮園』が、

商店街の中でも古い店舗なのだと、取り壊された壁の跡を見ながら考えた。

長い間、この場所で店を構えているのなら、商店街を愛しているのは当たり前で、

もう少し考え方を変えてくれたら、互いに手を取り合うことも出来ただろうにと、

落ちていたゴミを拾う。


「なんでここに来るんだよ、俺はあんたと話すことなんてないけどね」


面倒くさそうに、サンダルを履き、どこか引きずるように歩く音が聞こえ、

それと同時に、憎らしいくらいの言葉が、航の耳に届いた。


「嘘をつくな。昨日の夜、どこにいた」

「さぁ……、酔っていたから覚えてないな」


あくまでも姿を見られたわけではないため、晴弘は昨日のことなど知らないと、

とぼけようとする。航はその返事に頷きながら晴弘と目を合わせ、

逃がしはしないと睨みつける。


「うちの叔母が、飯田さんの部屋から出て行く寝具店の男を見た。
飯田さんのベランダ斜めにある自動販売機の上には、しっかり足跡が残っていて、
彼女の手を縛るために使ったガムテープの残りも、そのままだ。
彼も最初は知らないと言い張ったよ、飯田さんと道で会って、
意気投合して部屋に入れてもらった、そこから先はプライベートの問題だ、
部外者に話すことなどないって。なぁ、そんな子供じみた話が、
通用するとでも思っているのか。君がこのトラックで何度もうちの周りを下見して、
僕と叔母がいないはずの『水曜の夜』を狙ったことも明らかだ」


航のセリフを聞いた晴弘は、耳の裏辺りをめんどくさそうに軽く掻いた。

ポケットに入っていたタバコを取り出し、

空になった袋をつぶすとそのまま下に捨てる。


「俺は知らないね、部屋に入ったわけでもないし、
その飯田とかいう女に触れたわけでもない。でも、男と女の密室だろ。
そこにいたわけでもないのに、決めてかかるのはどうなんだ。
翔太の言うとおり、あの女が入れたのかも知れないだろ。
ガムテープで縛ったのだって趣味かも知れない。変な言いがかりは寄せよ」

「だったら、出るところへ出て、こちらの正当性を主張するまでだ。
それでもいいのか。彼女が入れてくれただけで問題はないんだと言う理由を
警察が……」


「信じる警察だって、いるんじゃないの? 世の中、色々な考えの人がいるからね」


晴弘は、まるで警察に知り合いでもいて、自分たちの主張が通るのだと、

全く悪びれない態度を見せた。航はその言葉に一度深呼吸をして、

軽く頷くと言葉を続ける。


「わかった、じゃぁ、君の言うとおり、
世の中の警察がその茶番劇を信じたとしよう。
でもな、飯田友海という人物を知っているこの商店街の人たちは、
そんな話を鵜呑みになどしないぞ。実行犯が君でなくても、
その後ろに誰がいて、どんな指示を出しているのかわからないほど、
この町の人は愚かじゃない。幼い頃から君たちがどんな風に育ち、遊んでいるのか、
みなさん嫌というほど見てきたんだ」


航の強く、まっすぐな主張に、晴弘の顔色が変わりだした。

下を向いた視線は、なかなか上へ向くことはない。

航は、店の奥に晴弘の父が立ち、こちらの様子を伺っているような影を見つけ、

その足が、確かに止まっているのを確認する。

航はバッグから紙を取りだし、晴弘の前に差し出した。

そこには、自分たちのしたことを認め、速やかに町を出ることと書かれていて、

その条件を守ることを約束したら、一切、今度この事件のことについて、

こちらも何も言わないという内容だった。

晴弘は、翔太のサインを苦々しく見つめ、無言で破ろうとする。


「破るのなら、仲間の署名した気持ちを、嘘だと証明することになる。
そうなると解決方法は一つしかなくなるぞ。この店がなくなってもいいのか」


航の言葉に晴弘の手が止まり、悔しそうに紙を握り締めた。

晴弘には、晴弘なりの店への想いが、しっかりと存在する。


「お父さんが守ってきたこの店の信用を、本来なら守らなければならない君が
傷つけるのもいい加減にしろ。本当にこの町が好きなら、一度外へ出て、
何が必要なのかを考えたらいい。いつまでも、親がそばにいると思うなよ」


晴弘は顔をあげ、目の前に立つ航を見た。

航の目はぶれることなく、晴弘だけを捕らえている。

親の庇護の元、好き勝手な行動を続けてきた晴弘達に対し、

航は自分の想いを重ね、そう言い切った。


「お前……」

「ひとつだけ……聞いてもいいか」

「なんだよ」

「あんなことをして、彼女をどうするつもりだった」


航は昨日、友海はどうなっているのかと、必死に階段を駆け上がった。

あと数分遅かったらと思うと、なかなか寝付けなかったのは、実は航の方だった。


「怖がらせて、謝罪させるつもりだった。
それ以上のことをしようと思ったわけじゃない」


自分たちは、そんな大それたことをしようとしたわけじゃないと、

晴弘はにやけた顔で言い返す。


「だったら教えておく。飯田さんは、お前たちから逃げられないと思った瞬間、
きっと、時間を止めただろう」

「時間を止める?」

「あぁ……二度と目覚めることがなかったかもしれない」


航の言葉に、どこかにやついていた晴弘は顔色を変えた。

そんなことを考えたこともなかったのか、言われた言葉の重さに、

目がフラフラと動くだけになる。


「俺は……」

「そっちが何をするかじゃない。彼女はそういう人だ。一歩間違えたら殺人犯だぞ」


晴弘は、飲み会での友海の必死さや、

何度謝罪を要求してものむことなく、突っぱねた姿を思い出していく。

どんな状況にも屈しなかった態度を思えば、『命を絶つ選択』が冗談だと笑えず、

黙ったままになった。


「君たちとは……抱えているものが違う。真剣に生きたこともないくせに、
真剣に生きている彼女に、二度とこんなマネをするな」


晴弘はそれ以上何も言うことなく唇を噛みしめ、

航も空を見上げ言葉を止めた。





「馬場さん、休憩取ります」

「おぉ!」


友海は昼過ぎに休憩を取り、いつもの土手へ向かった。

空は秋の色に変わりだし、とんぼが目の前を通り過ぎていく。

指を出したら止まるだろうかと、そっと出してみるが、

とんぼはすぐに気づき、慌てて葉から飛び立った。

航がここへ姿を見せず、本社へ行くとは思わなかったが、

なかなか姿を見せないことに、不安な気持ちが増していく。


「ここだと思いました」


後ろから聞こえてきた声に、友海はすぐ振り返った。

航が、ゆっくりと土手を降りてくる。

明るい表情の航に、友海は不安だった気持ちを、精一杯の笑顔に変えた。

航は友海の隣に腰かけると、大きく息を吸い込んでいく。


「遅くなってごめんなさい。僕なりの方法で、話をつけてきました」


友海は航の言葉にしっかりと頷き、受け入れる準備を始めた。

航は友海と並び、線路を走る電車を1台見送る。

二人の場所に、静けさが戻った。


「寝具店の息子もあの宮田家の息子も、始めはとぼけていたけど、
世の中が君たちと飯田さんのどちらを信用するかと問いかけたら、顔色を変えた。
小さな町の商店街だ。こんなことが表ざたになったら、
どちらが正しいなんてことは抜きにして、商売など出来なくなる。
この町に生まれて、この町で育ったんだ。さすがに自分たちのことで、
店がなくなるようなことは、避けたいと思ったのだろう。
実は昨日、飯田さんの話を聞きながら考えたことがあるんだ。
これはあくまでも僕の判断だけど、あの時、町の人たちも君のお父さんが
悪くないことは十分わかっていたんじゃないかって。
それでもその場所で生きていくために、会長さんの言うことを信じるしかなかった。
いや、信じている振りを、するしかなかった。
つい、この間までの『天神通り商店街』の人たちのように……。
反対派である君のお父さんを追い出してしまうことが、
自分たちが生きていける道だと、そう思ったんじゃないかな」


航は、昨日友海が語った過去の話を、今回の事件に結び付けた。

確かに、晴弘達の顔など見たくもないし、二度と会いたくないのが本音だったが、

方法は間違っていたとはいえ、自分たちの輪を乱すように思えた友海や航を、

晴弘たちは追い出そうと必死だったのかもしれない。

ここで話を大きくすることで、商店街の中が騒がしくなるのも見たくはなかった。

ただ正しいことを振りかざしても、それが全てを収めるとは限らない。


「これ……」


航が取り出したのは、寝具店の息子と晴弘にサインをさせた紙だった。

二度とこんなことはしないこと、しばらく町を離れることが書いてある。


「もう一人、部屋に入ったのは、あいつらの後輩で、金で引っ張ってきたらしい。
改めて連絡を取って、ここにサインをしてもらうから」


友海はその紙を見ながら、小さく頷いた。

晴弘達の名前を見ているのも嫌になり、紙を航に戻す。


「期限は5年。その間、町に戻らないこと、その代わり事件にはしないこと、
飯田さんの口からも僕の口からも、このことについて余計なことは言わないこと、
そう決めてきました。直接謝罪をさせようかとも思ったけれど、
それは飯田さんの意見を聞いてからと思って……」


友海は航の話を聞きながら、何度も首を振った。

あの男たちからの謝罪など、何も意味もない。

自分の口から、あのことを語りたくなることなど決してないとは思ったが、

目の前から晴弘が姿を消すことが約束され、落ち着けると思う反面、

また、何かを言い出すのではないかと問いかける。


「ここで無理に警察を挟めば、それこそ深い恨みを買うことになる。
物足りなく感じるかもしれないけれど、小さな空間でしかものを見られない、
おろかな人がいたと、そう考えてやってくれないかな。 
5年あれば事情は変わると思うんだ。ここは向こうに恩を売ろう」





5年……





確かにその期間があれば、自分を取り巻く状況も変わっていることだろう。

友海は、その時、航はどこで何をしているだろうと、横顔をじっと見てしまう。


「5年か……」


航はそうつぶやきながら、友海の視線には気づくことなく、

ただ、前を見つめるだけだった。





27 海人の心
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

ありがとう!

こちらから見ると、もっと突っ込んで追求してやればいいのに。
と思いますが、そこは小さな商店街。昔から隣近所で仲間うち
大きな波を立てて、後に嫌な思いが残っても居心地が悪い。
航の判断が正しいかどうか、5年経ってみれば明らかでしょう。

さて5年後、二人は?

今年これが最後のUPかな?

来年も航と友海。海人と聖を楽しみにしています。
ありがとう!!!

ここまでです

yonyonさん、こんばんは

>もっと突っ込んで追求してやればいいのに。
 と思いますが、そこは小さな商店街。

はい、航は『野々宮園』が商店街の中でも老舗であることを知り、
追い詰めることをしませんでした。
晴弘を捕まえてしまうと、親の商売も成り立たなくなります。
そうすると、そこにあらたな憎しみを生むことになりますからね。

>さて5年後、二人は?

ねぇ……(笑)

はい、今年はここまでです。
来年も、あっちでも、こっちでもよろしくお願いします。
いつも、いつも、ありがとうね。

嬉しいな

yokanさん、こんばんは!

>商店街にも友海ちゃんにも最善の方法をとったと思うわ。

ありがとう。
なんだか物足りない気持ちにもなりますが、
航が話しているように、追い詰めることはやめました。
また、新しい恨みを作らないようにね。

>。「君たちとは……抱えているものが違う。
 真剣に生きたこともないくせに、
 真剣に生きている彼女に、二度とこんなマネをするな」
 いいセリフです^^

うわぁい! ありがとう。
友海の過去の苦しみを知った航の、
精一杯の気持ちなのです。

褒めていただけて、今年も気分良く終われそうです(笑)