27 海人の心

27 海人の心




友海の事件が起きた翌日、晴弘の父は商店街の会長を辞めると宣言した。

引き止めるものも数名いたが、緊急の話し合いの結果、

新会長は文具店の主人に決まる。



今までは商店街全てが契約を統一していたが、それも辞めることになり、

それぞれが自分の判断で、スタンドを選ぼうと提案された。





途中で動かなくなっていた駐車場の話し合いも、また元に戻ることとなり、

航の計画は、実行のところまでたどり着く勢いだった。

その報告はすぐに本社にあがり、海人のところへも情報が流れる。


『組織のため』とそう思って、海人は友海に謝罪を要求した。

しかし、航はそれを受け入れず、

結局意地を張った二人の方が成功を収める形となった。

計画が実行される様子を見せたことで、

今まで航の実力をどこか疑っていた他の店長たちも、

それぞれの店を盛り上げるにはどうしたらいいのかと、

問い合わせをすることが増え始めた。

今までは12店舗全てを本社が仕切っていたのに、独自性を持ち始め、

海人の気持ちは複雑になる。



『聖はだめだ……』



海人の頭を悩ませるもう一つのこと……、それは聖のことだった。

幼い頃から、聖がそばにいることが自然で、

成長する過程で互いに違う相手に安らぎを求めたこともあったが、

結局は長く続かずに、気がつくとそばにいるのは聖だった。

いつも強気な言葉をぶつけてきても、海人が落ち込む顔を見せれば、

励ましの言葉をかけ、笑顔を見せてくれたのも聖だった。

海人は、聖の父親、哲夫が、航の母華代子を好きだった話を聞き、

その華代子の残した航を手元におきたいと考えていることを初めて知る。


今までとは違い、企業同士の計算が入っていることに、

聖が届かないところへ言ってしまう気がして、海人の気持ちは落ち着かなかった。



『住野家は、お前ではなく、航を聖の相手にと思っている』


『こっちは娘の多恵、今年大学を卒業しまして……』



父が全面的に信頼する人の縁から、紹介された娘さんとの縁談。

それを断ることが出来ても、聖の気持ちが、自分に向いているのかどうか、

今の海人には全く自信がなかった。





何もかも……航が出てきたことで、変わってしまった。





海人は手に持っていた書類を机に置き、カーテンを開け、眩しさに目を閉じ、

どうにもならないような想いを、呼吸の中で整えた。





動き出したのは、『SI石油』だけではなく、

その頃、住野家では、父哲夫が娘の聖に、新しい事業所の計画を語っていた。

将来は聖が経営を引き継ぎ、さらに発展させて欲しいと

グラスの中にあったワインの残りを、飲み干していく。

倉庫運用のノウハウを学んだ聖は、

それをいかせる形に『住野運輸』が変化していくことを、嬉しく思っていた。


「パパ、大丈夫なの? この不景気の状態で、事業を拡大するなんて」

「不景気なのは、不景気になる理由を持っている人達だろ。
うちはきちんと経営し、利益を上げている。
事業以外のことに手を出してもいないし、これからもその必要はない」


聖はそれもそうねと返事をし、空になったグラスへワインを注いでいく。

深みのある赤い色が、灯りに反射し光を作った。


「聖……」

「何?」

「お前、欲しいものは見つかったのか?」


聖は自らのグラスにワインを注ごうとしたが、哲夫の問いかけにその手が止まる。

具体的にはまだ見つかっていないと、軽く返事をした。


「航君の計画は、順調に進みだしたらしいな」

「あら、パパ。よく知っているじゃない。
始めはあれこれあったみたいだけど、『天神通り店』が動き始めたことで、
彼に改革を頼みたいと言い出した店長たちが増えたようよ。
ちょっと強引かなと思いながら見ていたけど、いつの間にかこうなっていた。
航さんは、人の心を動かすのがうまいのよ。
海人にしてみたらまた、面倒なことだと思っているみたいだけど、それも……」

「航君のことを、よくほめるんだな、聖」

「エ……だって、彼は実行力があるもの。
まぁ、色々なことがわからないから出来るってところもあるでしょうけど、
見ていると協力してあげたいって気持ちにさせるのは、
彼の魅力だと思うわ。それに比べて……」

「彼を、お前はどう思ってる」

「彼って……航さんのこと?」


聖の発言を止めるように、哲夫は真剣な顔でそう問いかけた。

始めは軽く言葉を返した聖も、その奥にある何かが気になっていく。


「どう思うって、どういうこと? とても実行力のある人だと思うし、
海人にもいい刺激になるって……で、何?」

「いや……、新谷家のブランドを持ちながら、
彼は和彦さんや海人とも違う色を持っているなとそう思ってね」

「それは彼が営業マンだったからよ、外にいた経験があるから、
ものを客観的に見て取れるの。パパが言っていたじゃない。
その点、海人はずっと『SI石油』にいるから、どうしても視野が狭くなるし、
それは私も……」

「彼と、『住野運輸』をやっていく気持ちにはならないか?」

「彼? どういうこと?」


冗談めいた話ではなさそうで、聖はワインの瓶をテーブルに置いた。

哲夫はそれを自らつかみ、またグラスに注いでいく。


「航君のことだ。彼とお前がこの『住野運輸』を継いでくれたら、私としては……」

「ちょっと待って、よく意味が……」

「海人は古川議員のご紹介で、近々見合いがあるそうだ。
幼い頃には、二人が将来一緒になればなどと思ったこともあるけれど、
和彦さんと私では、経営の考え方が違う。私は政界になど興味はないし、
いや、政界は利用すべき相手で、入り込む場所ではないと思っている。
それに……『住野運輸』はこれからもまだまだ伸びる」


聖は、自分の心臓が大きく音を立てた気がして、慌てて息を吸い込んだ。

まだ、酔ってしまうほどお酒を飲んでいるわけではない。だとすると、今、

耳に届いた話は、本当なのだろうかと気持ちを落ち着けようとする。


「ねぇ、パパ。海人が見合いをしたの? 誰と?」

「加納多恵さん、古川家の秘書をずっと仕切っている加納家の末娘で、
『芽咲海岸店』の売却が終了したら、話が進むそうだよ」


聖にとっては、初めて聞く話だった。

海人とは、幼い頃から一緒に過ごし、ケンカをしながらも、

そばにいるのが当たり前だった。

具体的な約束など一度もしたことがなかったが、いずれそうなるのではと、

心のどこかにいつも、引っかかる相手だったことは間違いない。


「ふーん……」


とりあえず、そう返事をしてみたが、どこか信じられない気持ちもそこにあった。

しかし、哲夫に言われたとおり、現実に目を向けてみれば、

海人にも聖にも継がなければならない事業がある。


「ねぇパパ。海人は、それを受けたの?」

「お断りする理由がないだろう。和彦さんもいよいよ政界に出るつもりだ。
社長は海人が引き継ぐことになる。そうすれば航君の居場所はなくなるに等しい。
彼の優秀さは、対してみたらすぐにわかる。お前も今、そう言っただろう。
どうだ、悪い相手ではないはずだ、考えてごらん、聖」


聖にとっても、航は魅力的な男性に思えた。

優しさの中にもしっかりとした芯があり、世間知らずの海人に比べても、

頼りがいもある気がした。しかし、なぜか気持ちがすっきりとこない。


「私、自分の相手は自分で決めたいんだけど」

「それはそうだ……だから、提案しているんだ。航君が今の生活に慣れて、
相手を見つけてしまってからでは遅いんだぞ。和彦さんのことだ、
海人のためになるのならと、余計な見合いでも彼に勧めかねない。
まぁ、彼はそれをおとなしく受け入れるはずはないだろうが」

「そう……ね」


海人の見合い、そして航の話を聞いて、聖の脳裏に浮かんだのは、

ユニフォームを着て働く、友海の顔だった。


「まぁ、聖がそれ以上の男を捜してくるというのなら構わないが、
パパは、航君が出てきたことが、うちにとって本当にいいことだとそう思っている。
考えてみるだけ……」


聖は最後まで話を聞くことなくに立ち上がると、

そのまま階段を上がり、部屋へと入った。

哲夫はその扉の音を聞き終えた後、横に置いてあった1冊の本を取る。

それは昔、航の母、華代子が読み、哲夫に貸してくれた本だった。

返しそびれたまま、月日は経ち、二度と会えなくなってしまった憧れの人。

哲夫は、その本を眺めながら、華代子の血を引く航の顔を思い出す。


「華代子さん、あなたにはもう二度と会えないのだと諦めていました。
しかし、こうして近付く機会が来たようです」


哲夫は、そう小さくつぶやくと、ワインをぐっと飲み干し、

聖の残したグラスの横に、そっと本を置いた。





その頃友海は、仕事を終え自転車を引きながら、

商店街のアーケードの中を歩いていた。閉店前の精肉店から声がかかり、

店の前で歩みを止める。


「友海ちゃん、今帰り? 余りものなんだけど、コロッケ持って行かない?」

「あ……いいにおい、美味しそう。じゃぁ、買います」

「いいわよ、もう店閉めちゃうから。ほらほら、持っていって!」


精肉店のおかみさんはそう言うと、袋にコロッケを4つ入れ友海を手招きする。

友海は、ありがとうございますと頭を下げ、それを自転車の前カゴに入れた。


「降りだして来たね」

「そうですね、ここからは一気に走って帰ります」


スタンドを出るときは小雨だったが、少しずつ雨音が強くなっていて、

友海はおかみさんに頭を下げ自転車に乗ると、ペダルに力を入れる。

その瞬間、後ろから聞こえてきたのは航の声だった。


「飯田さん、ちょっと待って!」

「……あ、お帰りなさい」


航は精肉店のおかみさんに頭を下げると、自分のカバンを自転車の前カゴに入れた。

運転席を譲り、友海に後ろへ乗るように指示をする。


「あと5分ですよ、一気に走ればいいのに……」

「そんな冷たいこと、言うなよ」


友海は文句を言いながらも、指示通り後部座席へ腰かけた。

航は、コロッケの袋を手にとって、いい匂いがすると後ろを振り返る。


「成島さんにもあげますから。運転するって言った以上、転ばないでください!」

「そう何でも強く出ないで欲しいんだけどな……」


友海は高鳴る気持ちを隠しながら、前に座る航をしっかりとつかんだ。

本当は、こんなふうに一緒にいられることが嬉しいのだけれど、

そんな優しい気持ちを、どうもうまく伝えられない。



自分たちを取り巻く環境が、これから大きく変わることを知らない二人は、

一緒の自転車に乗り、アーケードを抜け、天野家へ向かって走り出した。





28 思いを重ねて
<photo:tricot>

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コメント

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2兄弟

あけてしまいましたね~~~
又一つ年をとる・・・・(;;)

ま、兎に角めでたい。今年も宜しく!

優秀で見た目もよく、人柄もいい。だからといって好きになるとは限らない。恋は落ちるものだから・・・

哲夫にしてみれば、好きな人の面影を追える良い話ではあるけれど。

そして航の気持ち、海人の気持ち、何より聖の気持ちが大事。

結婚話で展開が大いに変わってくるのかな?
凄く楽しみ♪

新年も2兄弟を(本当は3兄弟なんでしょうが)追いかけますyon♪

追いかけてちょうだいな

yonyonさん、こちらでもこんばんは!

>そして航の気持ち、海人の気持ち、
 何より聖の気持ちが大事。
 結婚話で展開が大いに変わってくるのかな?
 凄く楽しみ♪

そうそう、何事も本人の気持ちだ大事……なはず。
しかし、企業を抱える人達は、
それだけというわけにもいかないようです。

どんなふうに展開が変わるのか、それはこれから……です。
これからも、追いかけてね!

航と海人は

ももんたさん、こんにちは。

ふふふ。一気読み一気読み。^^

商店街も会長の退任で改革に向かっていくようですね。
航と海人。
ふたりの境遇の違いが人となりを作っているんですね。
そして二人の社会的な立場もますます盛り上がってきそうです。^^

兄弟たち、友海、聖もそれぞれの気持ちが見えて来て、
新年になって、これからも目が離せない^^

では次のお話に読みに行かせていただきます。

前へ、前へ

tyatyaさん、こんばんは!

>商店街も会長の退任で改革に向かっていくようですね。

はい、とんでもないことがあったけれど、
商店街の人達も、前に向かって進むようです。

>ふたりの境遇の違いが人となりを作っているんですね。
 そして二人の社会的な立場も
 ますます盛り上がってきそうです。^^

はい、盛りあがってくれないと、
この先が続かないのです(笑)

続きもおつきあいください。
いつでもいいですからね、無理のないように。