21 彼の思い出(3)

21 彼の思い出(3)


日向さんの撮影を30分くらい見学したけれど、畑山さんの迷惑な冗談について、

結局説明することも出来ないまま、次の仕事をこなすため、事務所へ戻る。

バッグの中には、押しつけられたポーチが入ったままになっていて、

私はそれを出すと、どうしようかと頭を悩ませた。


どうしてこんなもの、私に押しつけたんだろう。

どうして私、強く押し返すことが出来なかったんだろう。

答えの出ない問いに頭がグルグルしそうになった時、事務所の扉が開き、

『大森ボイスレッスン』からご機嫌で戻った保坂さんが、

私の手からいきなりポーチを奪った。


「すごい! 前島さん、これどうやって手に入れたんですか?」

「……ちょっと、ちょっと返してよ」


私はとりあえず保坂さんからポーチを奪い返すと、買ったのだと説明した。

畑山さんに押しつけられたなんて言ったら、自分がもらうのだと、

保坂さんはここで小躍りするに決まっている。


「買えたんですか? これ……」

「……買えたって……どうして?」

「……あれ? 怪しいなぁ」


保坂さんは私の表情を色々な角度から確認しようと、疑いの眼差しを向ける。

それにしても、呼んでも来ない日があるくせに、

来てほしくない時にバッチリ来るなんて、本当に面倒な研究生だ。


「これ、『パッチソン』の限定ですよ、1万個の。買えば8万はするはずだし……。
あれ? なんだかおかしい。前島さん、もしかして……」


そんなに高額なものだとは、全く知らなかった。

私、自慢じゃないけれど、ブランドのことなんて、ほとんど知らない。

何かを言うとボロを出しそうなので、自然と無言になってしまう。


「前島さんって、なんだかとても真面目そうだけど、本当は裏で男を操ってません?」

「は?」

「こんなのをプレゼントするなんて、本気も、本気でしょ? 
それを生活に困って、質屋にでも出そうとしている……とか?」


私はそのまま保坂さんの問いに答えることなく、バッグの中にポーチを押しこんだ。

畑山さんが持っていたものだから、男物だとすっかり勘違いしていたが、

保坂さんの言葉からすると、どうも女性のものらしい。

だとしたら、余計に適当な扱いは出来なくなるような気がした。

もらうことなんて出来ないし、今すぐにでも返しに行かないと。


それからすぐ、保坂さんには友達からメールが入り、彼女は事務所を出て行った。

とりあえず、一番危なそうな人は、姿を消した。





ところで明日、畑山さんは、どこで仕事なんだろう……。





私は仕事を終え、部屋へ戻ると、もう一度ポーチを取り出した。

ファスナーを開いてみると、ほとんど使っていないのか、まだ綺麗なままだ。

いくつかの小さなポケットが、確かに使いやすそうだと見ていたら、

その薄いポケットに何か紙が入っているのが見えた。

レシートや領収書でも入っているのかと出してみると、

それは畑山さんが高原さんと並んで撮ったプリクラで、二人の笑顔は眩しく、

本当にお付き合いをしていたのだと、見てはいけないものを見た気がして、

さらに気持ちが重くなる。



『返してきたんだ……』



確か、畑山さんは戸部さんとの電話で、そんなことを言っていた。

となると、これは畑山さんが高原さんにプレゼントしたが、

今回の婚約が決まり、送り返されたと言うことなのだろうか。


プリクラに映る畑山さんの笑顔が、いつもより柔らかく見えて、

なんだかとても悲しくなった。



そんなセンチメンタルな気持ちを、携帯電話の着信音が思い切り吹き飛ばした。

『日向さん』の文字が目に入り、エレベーターから見えたあの表情を思い出す。

そばに近寄ったわけではないけれど、結果的に、あんな状況を作ってしまった。

なんとしても、ここは真実を告げ、日向さんに理解してもらわなくちゃ。


「……もしもし、日向さん?」


問いかけの返事は、すぐに戻らなかった。

私は、すぐに電話をしたかったが、日向さんがスタジオに入ったこともわかっていたし、

仕事の邪魔をしたくなかったのだと、懸命に訴える。




呆れられているかもしれないけど、でも、こうするしか……。

精一杯本当のことを伝えるしかない。




受話器の向こうから、クスクスと笑う声が聞こえてきた。

どうも、日向さんが呆れているわけではないようで、ほっとする。


「大丈夫だよ、史香。そんなに必死に弁明しなくても。
一瞬、何をするんだってムッとしたのは事実だけど、
よく考えたら宗也らしい冗談だと思って、後からおかしくなってきたんだ」

「もう……笑わないでください。私、何が起きたのかわからなくて」

「ごめん、ごめん……。あいつ、あんなことばかりするから、
アシスタントさんとかに、自分に気があるんじゃないかって勘違いされるんだよ」


日向さんのスタジオ撮影は順調らしく、

共演者とも、コミュニケーションがうまく取れるようになってきたようだ。

いつにも増して、口調は明るい。


「明日もまた、頑張らないとな」

「はい……」


一日、色々なことがあって疲れても、この時間があるだけで、

全てがリセット出来るようなそんな気持ちになる。





……あなたにとって、私も、そんな存在であればいいのだけれど。





畑山さんのポーチを鏡の前に置き、

私は日付が変わるまで日向さんとの電話を、切ることが出来なかった。





どうでもいいようなものなら、米原さんに頼むか、

いや、たとえ日向さんに頼んだとしても、畑山さんの元にポーチは戻るだろう。

しかし、高原さんとのプリクラが入った状態では、無責任に他人へ渡すわけにはいかない。

私は次の日、事務所へ出社すると、

『オレンジスタジオ』の撮影スケジュールをチェックする。

また、昨日のように撮影が組まれているのなら、

どさくさに紛れて、畑山さんにポーチを返すことが出来るはずだ。

本日の『オレンジスタジオ』では、午後2時から畑山さんのドラマ撮影が入っていて、

この時間なら、撮影が午前中で終了する日向さんと鉢合わせもなく、ポーチが返せる。

そんな自分の計画を思い浮かべながら、スポーツ新聞を1社ずつ閉じていると、

満面の笑みを浮かべた高原さんの記事が、芸能面に載っていた。



『出会った時から、この人だと、そう思いました』



政治家の次男坊は、一族が経営するタクシー会社の副社長を務めている。

オリンピック選手からの華麗な転身に、記者のコメントも、

もちろんおめでたムードだが、あることを知ってしまった私は、

どうも素直にはおめでたく思えない。




畑山さんと撮ったプリクラの日付は、たった半年前。




人の心が移り変わることくらい、知らないわけではないけれど、

それでも、どこか……



寂しい風が、心の中を吹き抜けた。





佐藤さんには申し訳なかったが、デザイナーのところへ行くと理由をつけて、

『オレンジスタジオ』へ向かう。昨日と同じように警備の入り口へ向かい、

事務所名を告げた。昨日顔を見せたからか、あまり細かいことを聞かれずに中へ通され、

私はすぐに1階のスタジオ撮影の時間を確認した。畑山さんのスタジオは4階。

スタジオ近くの中華料理の店から、出前を下げるアルバイトが2人、

忙しそうにトレイを運んでいる。私も何度か食べたことがあるけれど、

特に中華丼は最高に美味しい。

日向さんもよく出前を取っては食べていて、杏仁豆腐をもらったこともあった。

ぶつかってしまっては申し訳ないと、私は壁に寄りかかる。


ここから一番近いのは、昨日の『第4エレベーター』だけれど、

また何かが起こらないとも限らないので、今日は乗ることを避ける。

少し奥のエレベーターへ向かおうと歩き出した時、

反対側から田沢さんが携帯で話しながら歩いてくるのが見えた。

私は慌てて、トイレの入り口の影に身を隠す。


「いやぁ……すみません。ちょっと共演者の入りが遅れてしまって。
どうしてもスケジュール的にここでしか時間が取れないんですよ。
30分遅れくらいで着きますので、お待ちいただけますか? いや……それが……」


田沢さんはまわりに目を配り、何かを気にする様子を見せる。

私の予想とは違い、日向さんはまだこのスタジオの中にいるようだ。

これは慎重に動かないと。


「北原さんなんですよ、遅れてきたのが……」


ベテラン俳優、北原豪のスタジオ入りが、2時間も遅れてしまったのが原因だった。

映画の主役でもあり、先輩でもある北原さんが相手では、

田沢さんも文句の言いようがない。

私は田沢さんが通りすぎたのを確認し、ちょうど開いたエレベーターに飛び乗った。


4階で下りると、スタジオの確認をし、廊下をまっすぐに進み、

曲がり角で一度立ち止まる。戸部さんでもいてくれたら、

そのまま畑山さんに会わずにポーチを返せるのだけれど。

そう思いながら探してみるが、スタジオの扉はしっかりと閉まったままで、

仕方なく待つことにする。


『オレンジスタジオ』の廊下から外を見ていると、

澄んだ空気のおかげで、ずっとずっと向こうに、小さな富士山が見えた。





小さく見えても存在は大きく……





「お疲れです」

「あ……お疲れ様です」


私の後ろを、タオルを首にかけた畑山さんが通りすぎた。

今日は最終撮影だと書いてあったので、

今の笑顔は解放された気分から出たのかも知れない。


「あ!」


そんなことを考えている場合じゃなかった。

私は慌てて畑山さんを追いかけ、曲がり角の手前で捕まえる。


「はい?」

「あの……これ、お返しします」


共演者達が出始めると、変に思われるかも知れない。

さっさと手渡して帰ろうとした時、畑山さんの左腕が、私の右手をガッチリとつかむ。


「なんで持ってくるんだよ。やるって言っただろ。いらないなら捨てたらよかったのに」

「捨てられません。私にはその判断が出来ませんから」

「判断?」


畑山さんの表情が、少し変化した。

私はもう一度頭をさげてその場を離れようとしたが、手が外れない。


「畑山さん、あの……この手を……」

「まだ何か、入っていたってこと?」


私はコクンと頷き、『プリクラ』の事実を告げた。

中に入っていて、勝手に捨てたり人にあげたり出来ない物だとそう思ったからだ。

すると、信じられない声が、耳に届く。


「史香! どうしてここにいるんだよ」





日向さん……。





どうして5階じゃなくて、4階にいるんですか?





「ちょっと、こっちに来て」

「……ちょっと!」


私の腕は畑山さんに引っ張られ、そのまま楽屋に引きずり込まれてしまった。

畑山さんは内側から鍵をかけ、私のことを睨みつける。


「そこに座れって」





日向さんは、今の状況をどう取っただろう。

ここを出てすぐに電話をすれば、また、昨日のように、笑ってくれるだろうか。

いや、昨日のような冗談に思える状況ではない。




だって、私は、自らここへ来たんだもの……。




あぁ、こんなことなら、畑山さんのことなんてどうだっていいから、

日向さんに全部、話しておけばよかった。

プライベートなことを、話題にするのは申し訳ないなんて、

気を遣わなければ、こんな気まずい雰囲気にならなくて済んだのに。




こういうところが、私のダメなところ。




日向さんのことが気になりながらも、畑山さんの真剣な表情に、

私は言われるまま腰かけ、ため息をつくだけになった。






21 彼の思い出(4)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

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あ~あ~

淳平が笑い飛ばしてくれたらからほっとしたのも束の間
一難去ってまた一難

仏の顔も三度 まだ二度目だから大丈夫?!

史香の優しさがあだになるのか?!
いやいや、ここは、史香の優しさが畑山さんを目覚めさせることになってほしい~

ケンカ?

なんて間の悪いこと!こいうことって重なるのよね。

きっと中の物を色々捨てたのでしょうね。それでも気づかず
残っていた。
畑山の気持ちの現れみたい。心残りがまだある・・・
昨日の様な軽いイジワルで済みそうも無いな~

淳平だって・・・
でも読み手としてはここで少し行き違いがあって、
ギクシャクするのも見てみたい。

畑山に同情する史香、嫉妬する淳平、なんてのをね~~(爆)

お待たせです

ナイショさん、こんばんは!

>あ~ぁ待ちに待った年末から長い時間

あはは……ごめんなさい。
3兄弟の中で、一番遅いスタートになってましたね。先を書き進めたペースの違いもあって、こうなりました。

続きが気になって、ドキドキしてもらえるなんて、本当に嬉しいです。これからも、ぜひぜひ、淳平と史香を身守ってくださいね。

二度目の反応は?

れいもんさん、こんばんは!

>仏の顔も三度 まだ二度目だから大丈夫?!

回数の問題じゃないような……れいもんさん(笑)
さて、淳平がどうとったのか、
宗也はなんのために史香を楽屋へ引っ張ったのか、
それはもちろん次回!

宗也が目覚めるのか、淳平が怒るのか……

楽しみにお待ちください。

ケンカか? 仲直りか?

yonyonさん、こんばんは!

>きっと中の物を色々捨てたのでしょうね。
 それでも気づかず残っていた。
 畑山の気持ちの現れみたい。心残りがまだある・・・

男の方が、意外にひきずる……ような気がします。
なんだか信じられない状況?
宗也の気持ちは、そんなところかな。

>ギクシャクするのも見てみたい。

あはは……どうかな。
淳平怒るのかな? それとも……

『彼の思い出』ですからね、
どうなるのか、それは次回へ続きます!

やっぱり~

ほうらね。^^やっぱり畑山さんて以外にナイーブ^^
あのちょっとキザったらしい(って勝手に作ってる)のもそのカモフラージュだったりして。

でも。史華のやさしさはちょっと勘違いされるなぁ。
まぁ、それが彼女らしいんだけど、

さて、淳平はどう出る。
昨日のような寛容さは見せてくれるのか?

ないーぶ

tyatyaさん、こんばんは!

>ほうらね。^^やっぱり畑山さんて以外にナイーブ^^

あはは……ここ爆笑です。
男の人って、女性よりナイーブだと思いますよ。
あっけらかんと見せている人ほど、
落ち込み方も激しいのかなぁと。

どこかバッチリと決められない史香と、
思いがけない姿を見てしまった淳平。

寛容に出来るのか、怒りが来るのか、
それは、次回へ続きますね。